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評者◆前田和男
元陸自レンジャーの社会 活動家・井筒高雄の巻①
No.3226 ・ 2015年10月17日




■安保法制は自衛隊員を「犬死」させる

 いま日本は戦後70年の歴史的分岐点で立ちすくんでいる。その只中で、当人には今なおその自覚はないようだが、にわかに“時の人”となった男がいる。井筒高雄、45歳。私が彼と初めて出会ったのは、この7月の某日、JVC(日本国際ボランティアセンター)主催の「安保法制に反対する集会」だった。
 基調講演者は2人いて、1人はJIM―NET(日本イラク国際支援ネットワーク)事務局長の佐藤真紀。佐藤は「劣化ウラン弾」放射能汚染からイラクの子どもたちを守る活動などを続ける人権活動家で、私とも繋がりがあり、彼が現下の安保法制に反対なのは十分に予測がつく。私が興味を覚えたのはもう一人の未知の講演者だった。井筒高雄、元陸上自衛隊レンジャー。泣く子も黙る実戦のプロが、なぜ戦争をなくそうとする人権活動家と席を同じくするのかと。
 佐藤の次に登場した井筒は、いきなりレンジャー時代の寄せ書き(左写真)を掲げると、「死の訓練が成就しないときはこれが柩に掛けられる」と話を起こして聴衆を惹きつけてから本題へと入った。
 井筒はレンジャー資格をとったことで三等陸曹となり最短の昇進コースに乗るのだが、1992年にPKO法が成立、彼の自衛隊人生は一変する。海外派遣となれば最強のレンジャー出身者に白羽の矢が立つ可能性が一番高い。案の定、連隊長から「PKO部隊で行く気はあるか」と打診された。しかし、PKO法では「敵」に銃撃されない限り撃ちかえせない。もし「敵」を殺してしまったら帰国して殺人罪で裁かれるかもしれない。そんな「犬死」は容認できないと訴えたが、聞き入れてもらえず、井筒は様々な「圧力」を受けながら、1993年勇気ある依願退職を決行した。
 その井筒からすると、今回の安保法制の集団的自衛権行使容認で自衛隊員のリスクはさらに高くなる。戦闘範囲や任務が広がって「犬死」の可能性は高まる。しかも死んでも国民からは「勝手に死んだ」と評価もされない。そんな理不尽を自衛隊出身者としては黙っていられないと立ち上がったのだという。私にとっては、安保法制をめぐるこれまでの議論が「空中戦」であったこともあり、井筒の問題提起はリアルな「地上戦」で実に説得力があった。
 この集会が機縁となって、旬日をおかずに私と井筒との濃密な付き合いが始まった。彼が各界の第一人者に突撃インタビューをして安保法制の問題点を抉りだしたいというので、それを手伝うことになったのである。
 昨年の春頃から、小さなものは小学校のPTA主催の勉強会から、大規模なものは日比谷野外音楽堂を埋め尽くす全国集会まで、月を追うごと日を追うごとに「元自衛官の本音が聞きたい」と呼ばれる回数がふえ、反対運動の国民的な高まりをひしひしと感じた。しかし、自分一人の力など知れている。この問題の背景にある憲法、安全保障、外交、経済、政治、言論ジャーナリズムなど大きな枠組みから包括的に批判していかなければ、説得力に欠け、大きな議論と運動のうねりにはならない。そこで、井筒は思い立った。各界の第一人者に叩き上げの元陸自レンジャーの想いをぶつけようと。
 その志やよし、である。そして彼が挙げたリストを見て、正直、私は驚いた。
 憲法学の権威の小林節、歴代自公政権の安全保障担当で元防衛省トップ官僚の柳澤協二、国連職員としてアフガンや東ティモールの紛争後処理に関わった伊勢崎賢治、駐レバノン特命全権大使を務めイラク政策を巡って時の小泉首相に意見具申して職を失った元外交官の天木直人、そして気鋭のエコノミストの植草一秀など。
 すごいメンバーだ。今現在望みうる最高のラインナップである。しかし編集者の端くれとしては、これは実現不可能な妄想だと忠告した。彼らはいま国会の参考人や集会・イベントへひっぱりだこで日程的に無理だ。それ以上に、申し訳ないが、あなたのような無名人の依頼に乗ってくれるはずもない。もう少しハードルを下げたほうがいいと。
 ところが、井筒は私の忠告などどこ吹く風、どうやって連絡方法を入手したのか(これもレンジャー訓練の賜物か)、当人が無手勝流で依頼をしたところ、驚いたことに全員が二つ返事で、しかも「緊急出版なので二、三日以内で」という無理な条件にも拘わらず、受けてくれたのである。
 それに思わぬ飛び入りが加わった。突撃インタビューが佳境に入っている時、日本弁護士連合会の安保法制シンポジウムに井筒が講演者として呼ばれたところ、作家の浅田次郎も参加。井筒はためらうことなく声をかけた。「私も浅田先生が所属していた第一師団の出身です」。すると浅田は折しも直木賞選考という忙中にありながら、その場で「特別寄稿」を約束してくれたのである。
 こんなエピソードもあった。伊勢崎から以下のメールが届いた。「(7月1日衆院平和安全特別委員会で参考人として)僕の言いたかったことは、冒頭陳述の締めの『自衛隊の根本的な法的地位を国民に問うことなしに自衛隊を海外に送ってはならない』に尽きますが、その後の質疑では何も当てられませんでした。共産党から一つだけです。残念です。その分ジャズで吠えます」。
 実は伊勢崎はジャズトランぺッターというもう一つの顔を持っている。井筒に「ジャズは好きか」と訊ねると、「いやさっぱり。演歌かJポップか。長渕剛最高っす! でも行くしかないっす」。なんたるフットワークの軽さ! 考える前に身体が動く。これも死のレンジャー教育の賜物なのだろう。その夜、吉祥寺の小さなライブハウスでは、元レンジャーという異色の客が“乱入”、演奏の合間に安保法制の議論が挿まれるという実にユニークな異種混入セッションが展開された。そして、それを盛り上げたのは、伊勢崎のペットが吠えた巨匠マイルス・デヴィスの名曲「SO WHAT?(だからどうした)」。見事なオチがついた真夏の夜の一場であった。
 かくして元陸自レンジャーによる各界のプロへの直撃本は、安保法制をめぐる議論に間に合った。タイトルは『安保法制の落とし穴』(ビジネス社)である。
(本文敬称略、つづく)







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