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評者◆中土居一輝(谷島屋 浜松本店)
花火に魅せられた、愚かな男の物語
空に牡丹
大島真寿美
No.3225 ・ 2015年10月10日




■宵々の花火になれて音をのみ(高浜虚子)
暗く暑く大群衆と花火待つ(西東三鬼)
半生のわがこと了へぬ遠花火(三橋鷹女)
 夏の季語でもある花火には、むかしから多くの俳人が魅了されてきました。
 夏祭り(JITTERIN’JINN)
 花火(aiko)
 若者のすべて(フジファブリック)
 さまざまなアーティストも花火をテーマに、多くの名曲を歌っています。
 「若者のすべて」にはこんな歌詞があります。
“最後の最後の花火が終わったら
僕らは変わるかな 同じ空を見上げているよ”
 このように、花火の持つ魅力は、いつの時代も変わらないものであるのではないかと思います。花火は日本人にとってなくてはならない、身近なものでもあります。この夏も全国各地で大小さまざまな花火大会があり、見物客のこころに多くの思い出を残したことでしょう。
 大島真寿美さんの『空に牡丹』は、そんな花火に魅せられた、ひとりの愚かなおとこの物語です。
 明治維新で政府による天皇親政体制への転換が行われ、庶民の暮らしも東京を中心にどんどん動き出していた時代、静助は丹賀宇多村の名主の次男(後妻の息子)として生まれる。幼少の頃より彼なりの価値基準のようなものがある少年で、まわりからちょっとだけずれているように、のんびりとみえる子供であった。
 幼なじみの了吉、琴音とともに元花火職人・杢さんの打ち上げた“花火と名付けるのも憚られるような、いたって地味な”まことに小さな打ち上げ花火に魅せられたことから彼の中で何かが起こっていく。
 あっけなく瞬く間に消えてしまう花火。そこにせつないようなもどかしいような淡い気持ちを残し、彼の胸をきゅうっとしめつけていく。
 ご一新で世の中の流れががらりと変わり、皆が金や富を求めて、キリのない分捕り合戦を繰り広げていくようになる。
 そんな中、静助はただただ奇麗なものがみたいという気持ちから、この世の虚しさを美しさに変えていく、そんな花火にのめり込んでいくこととなる。
 冒頭、彼の人となりのすべてが表されている文章がある。
 “彼について語る時、誰もが、少し呆れたような、もしくは苦笑いのような、いささか複雑な表情をしてみせる。そのくせ、一様に、静助さん、静助さんと、親しみを込めて子供のわたしに話すのだ。我が一族の者は、なぜだか皆、親類縁者の顔を見ると、静助さんの話をしたくなるようなのだった。明治になる少し前に生まれた人なので、彼を直接知っている人はいないはずなのに、この近しさはどうだろう。偉人でも賢人でもない。凡人だ。見ようによっては凡人以下だ。(略)いったいどうしたことか、近年、わたしまでもが語りたくてたまらなくなってしまったのである。静助さんについて。”
 花火に魅了され、花火を打ち上げ続けることで、皆を心から魅了してきた静助。彼の一途な純粋な思いが、不思議な気持ちにさせるのでしょうか。道楽者であり、愚か者であり、それでも出会ってもいない人たちのなかにも生きつづけている静助。ボクの心の中にも、読み終わった人の心の中にも、ずっと残り続けていくのではないでしょうか。







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