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評者◆石本秀一(ジュンク堂書店ロフト名古屋店)
長州力の歴史と、裏面も含めたプロレス史
真説・長州力 1951‐2015
田崎健太
No.3224 ・ 2015年09月26日




■「俺はお前の噛ませ犬じゃないぞ!」
 オリンピック出場などアマレスでの輝かしい実績をひっさげて新日本プロレスに入ったものの、同じくオリンピック代表から全日本プロレスへ入った鶴田友美(ジャンボ鶴田)が華々しい活躍でエースへの道を歩んでいたのとは対照的に、これといった結果を残せずに燻っていた感じのあった長州力。そんな彼がメキシコでチャンピオンになるなど実績を残し、髪を長く伸ばして外見も変わり帰国しての第一戦、アントニオ猪木、藤波辰巳(現在は辰爾)と組んでのタッグマッチでのことでした。序列として藤波より格下として扱われることに反発して藤波になにかと突っかかったことにより試合はギクシャクとしたものとなり、そのうち試合そっちのけで殴り合ったりして、試合後もリング上で口論を始めた。当時高校生だった私はこの試合をテレビで見ていたのですが、そこで冒頭の「噛ませ犬」発言を長州の言葉として耳にした……と思っていました、この本を読むまでは。著者が当時の資料にあたり関係者に聞いてまわった結果、どうやら試合会場で長州力が「噛ませ犬云々」と発言した事実はなかったようなのです。まったく人間の記憶なんていいかげんなものだと我ながら思います。
 人の記憶はウソをつく。自分にとって都合がいいか悪いかによって、時にはそれとも関係なく記憶は容易に書きかえられる。またプロレスラーとその関係者が取材対象である以上、外部に見せていいものとそうでないものがあるから、意識的に事実を隠したり、それとは違うことを話したりすることも多かったに違いない。だから著者は多くの関係者に取材し裏付けを丹念に探すことを繰り返している。それは大変な作業であったということは「プロレスを描くことは、果実を求めて森に行ったつもりで、マングローブの密林に踏み込んだようだった。取材を進め、資料を集めてもどこまで信用していいのかはっきりしない。足を前に進めど、ずぶずぶと泥の中に沈み込んでいくのだ。灼熱の太陽の下で、泥だらけになって幹にしがみつき、途方に暮れているような気になった」という言葉からもわかります。
 さて、そのような苦労を経て出来上がった本書。在日朝鮮人二世として生まれた幼少期に始まり、やんちゃな少年時代、アマレスの選手として活躍した学生時代、新日本プロレスに入門し、いくつかの団体を渡り歩き、名勝負を繰り広げ、現在にまで至るプロレスラー長州力の姿を、これまであまり深くプロレス界に関わってこなかったと思われる著者だからこその冷静な筆致で描き出しています。そして長州力の歴史であるとともに、本書で初めて知ることとなった裏面までも含めたプロレス史としても興味深く、彼を軸とした人と人の繋がりの中には意外なものもあって驚かされたりもしました。またプロレス観やアントニオ猪木に対する人物評などについて引き出された、独特の表現による言葉には深く味わいのあるものもたくさんあります。実は名勝負数え唄のころは藤波派で、それ以来基本的にはアンチ長州の私ですが、この本はおススメしますし、だいぶ長州力のことが好きになってしまったことを告白して終わります。







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