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評者◆睡蓮みどり
社会と繋がった個人を描く――三島有紀子監督、荒井晴彦脚本『幼な子われらに生まれ』
No.3221 ・ 2015年09月05日




■先日、大阪シネ・ヌーヴォで開催された「荒井晴彦映画祭 70になった全身脚本家」の特集上映とトークショーに行ってきた。2008年にも川崎市市民ミュージアムで荒井さんの特集上映があって、そのときに中止せよとの脅迫があったことは今回初めて知った。時を経て何事もなかったからこんなことが言えるのだが、さすがだなと思う。そんなこと、やたらめったらあるものではない。お昼には着いて観光でもしてから映画を観ようと計画していたのが、所用で遅れ、2回分の新幹線代を払って大阪へ。大阪には出演した作品の舞台挨拶で何度か来たことがあったが、シネ・ヌーヴォは初めてだ。九条駅から商店街を抜けて、本当にこの道でいいのかといささかの不安に駆られながら人だかりを見つけ、辿り着いた。去年リニューアルし、今年で20周年を迎えるミニシアターだ。もうすぐ次の映画が始まるという頃で、入り口では荒井さんが関係者と話をしているところだった。私が行った日は『リボルバー』(1988年、藤田敏八監督)、『嗚呼!おんなたち 猥歌』(1981年、神代辰巳監督)、『新宿乱れ街 いくまで待って』(1977年、曽根中生監督)の3本上映だった。脚本家の西岡琢也さんとのトークは二人ともちょっと違うタイプの毒舌さにハラハラさせられながらも、そこから垣間見える映画への愛情と怒りに触れ、目が冴えわたる。
 荒井晴彦という脚本家を強く意識したときのことはよく覚えている。薬師丸ひろ子主演の角川映画『Wの悲劇』は私のバイブル映画で、何度も観ているうちに台詞もほぼ暗記してしまった。夏樹静子の原作小説だと和辻家にまつわる推理サスペンスが、映画の中では劇団の舞台の演目として取りあげられており、そこに新人女優のスキャンダルと俳優をやめた青年との恋が描かれる。推理ものにそもそもあまり興味がないせいか、ドラマ版にはほとんどのめり込めなかった。しかし、こんなふうに原作を活かしながら、全くの別物として描かれていることに、映画にとっての脚本の偉大さを意識したのだった。ゴダールのようにプロットだけで、という実験的な演出方法もあるが、それがうまくいくことのほうが特殊な例だ。神代辰巳監督と荒井晴彦がタッグを組んだ『赫い髪の女』と『もどり川』は特に深く突き刺さった作品だ。官能的で、知的で、文学的な世界。そして私が知る限り、ご本人もそういう方である。表面上の言葉はちっとも優しくない。でもその裏に優しさを感じる瞬間がある。勘違いでもまあいいかと思えるような寛容さが急に降ってくる。荒井さんと喋っていると頭を使う。決して饒舌にはなれず、舌ったらずになる。学生時代に、仕事でも理屈でもなくただ映画が好きだったときの気持ちが蘇り、子供っぽくならずにはいられない。映画のことを喋りながら、同時に政治のことも男と女のことも経済のことも喋っているのだと感じる。映画の中でどんなに限られた人物たちのことが描かれていたとしても、それは表面的なことで、彼らはキャラクターではなく、社会と繋がった個人なのだ。少なくとも荒井晴彦が描く人間はそうだ。生命の尊厳という力強さを感じる。
現在公開中の、荒井さんが脚本を書いた『幼な子われらに生まれ』(三島有紀子監督)では、バツイチ同士で再婚した夫婦とその娘たち、前の妻との間に生まれた娘との関係と、ちょっといびつな家族の物語が描かれている。重松清の小説が原作だ。必死に家族でいようともがくなかで、それぞれが個人であることを突きつけられる。主演の浅野忠信演じる信の、真面目で基本的には優しいが頑固な面もあって、なんともうだつの上がらない感じが絶妙である。このなかでストレス発散のために、それぞれひとりカラオケに行く夫婦の描写があるのだが、そこでふたりともエレファントカシマシの「悲しみの果て」を熱唱する。先日の映画際のときに上映された『嗚呼!おんなたち 猥歌』では、内田裕也が売れていないロックミュージシャンのジョージを演じる。愛人をソープランドで働かせ、すぐに女に手をだすどうしようもないヤツだが、あの無表情さがなんとも可愛い。内容については、きりがないので観ているという前提で。この劇中の挿入歌は内田裕也の曲だけでなく、ジュリーとショーケンのデュオも登場。どこまでが脚本に描かれているのか気になって聞いてみると、曲は脚本の時点で書き込まれているという。荒井さん自身の監督作『身も心も』(1997年)で主題歌となった下田逸郎の「セクシィ」も耳に心地よく残る(今回の特集上映での初日ゲストは下田逸郎さんだった)。脚本に音楽も書き込むなんて、一体書いている最中にどんな映像が観えているのだろうか。いつか、酔った勢いで聞いてみたい。
(女優・文筆家)







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