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評者◆成川真(ブックポート203)
スーパージャンル・エンターテインメント小説
二重螺旋の悪魔 完全版
梅原克文
No.3218 ・ 2015年08月08日
■純文学、ミステリ、SF、ホラー、恋愛、etc……小説をカテゴライズすれば、無数のジャンルに分けることが可能だ。これらの区分は非常に曖昧で、意味があるのかと問われれば、さして意味があることではないのかもしれない。
作家の中にはジャンルを前提として書く人もいれば、まったく意識しないで書く人もいる。カテゴライズされることを嫌う人もいれば、それをうまく利用する人もいる。 そんな中で、SFのジャンル分けについて論争が起きたことがある。「マニア向けのSF小説」を“エスエフ”と呼ぶのに対して、「大衆娯楽向けのSF」を“サイファイ”と呼ぶのだ、といういわゆる「サイファイ論争」である。 一般的にSFと聞くと、難しい、というイメージがあるのではないだろうか? だが、小説はともかくとして、映画の世界でいえば大ヒットしたものはSFが大部分を占める。それは、「SF映画」ではなく「エンターテインメント映画」として意識している部分があるからではないだろうか。 こうした意識の変遷を狙って、「より娯楽に特化したSFエンターテインメント小説」をサイファイと定義したのだ。 残念ながらこの試みはうまくいかず、サイファイというジャンルは定着しなかった。しなかったが、それでもそのジャンルにこだわり、自らをサイファイ作家と声をあげ続ける作家がいる。 梅原克文である。 読者を楽しませることを第一義的に考え、物語の中に終始引きこみ、とらえて放さない。世に出した作品は5作品に過ぎないが、そのすべてが強烈な魅力を放っている異彩の作家だ。そして、そのデビュー作であり、今年、加筆修正され、再発売されたのが、『二重螺旋の悪魔 完全版』(創土社)である。 物語は近未来で始まる。とある研究室で、ジャンクDNAといわれる意味のない部分、イントロンを解析したところ、とてつもない悪魔が生まれてしまった。その悪魔を生み出した主人公・深尾直樹は、自らの過失によって同僚を、かつての恋人を失った。その後、遺伝子操作監視員会C部門の調査官となり、同様の事件の捜査に当たっていた彼は、再び悪魔との戦いに身を投じることとなる……。 この小説は大きく分けると全三部構成なのだが、このあらすじは最初の第一部のものである。実は、二部、三部と物語が進むと、全体の様相が恐ろしく変わる。一研究所内でのミクロな事件から、悪魔の起源を、人類の起源を、果ては神の起源をもつきつめる全宇宙規模のマクロな世界にまで、その世界観が膨張し続けるのだ。 果てすら見せないその想像力と創造力には脱帽するしかない。 本書は、ラヴクラフトのクトゥルー神話を題材のベースとして使っているので、知っている人にはより楽しめるが、あくまでファクターの一つなので、知らずともまったく問題はない。まさしくハリウッドの超大作映画のような壮大な背景、息をつかせぬアクション、怒濤のストーリー展開といった部分がこの小説の最大の魅力で、すべてなのである。 実はこの小説では、本質的な物語の進行と並行して、主人公に投げかけられる「二者択一」という別の主題があって、これが一層物語を盛り上げる。最終的に主人公はどちらを選ぶのか、それは最後の一行で明かされるわけだが、まさしく最後の一行まで楽しませようとするにくい演出といえなくもない。 そして、読者はそれを読んだ時、「そっちを選んだか……!」という、なんともいえない心情(読む人によって感じ方は違うのだろう)とともに、宇宙の果てまで膨張した意識から現実に帰還することになるのだ。 もう二十年も前から、新作が出るたびに次の新作を首を長くしながら待つということを繰り返している読者の一人として(なにしろスパンが長い)、最後に出た新作「心臓狩り」から4年が経過しているので、いくらなんでもそろそろ出していただきたいと思っていたのだが、「二重螺旋の悪魔」のあとがきにて新作を執筆中ということなので、心を躍らせながら楽しみにしている。 予定のタイトルは「キュクロプスの楽園」というらしい。それだけで確信できることが一つある。 傑作であることはまちがいない。 |
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