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評者◆前田和男
若きLGBT人権活動家・尾辻かな子の巻31
No.3217 ・ 2015年08月01日




■介護現場で働きながら政治へ再挑戦

参院選惨敗直後、尾辻かな子は、これで二度とセクシュアル・マイノリティの候補は民主党から出られないのではないかと慚愧の念に襲われた。
 それでも選対での総括をうけて、尾辻は“敗戦”後も次なる政治挑戦に向けて活動を継続することを決断、新宿2丁目の選挙事務所をその拠点に切り替えて維持することにした。しかし、それは将来の展望がどんどん遠のいていく限りない「後退戦」の始まりだった。
 再起の道がどこにあるのかさっぱり見えず、体調を崩してしまい、表舞台に立つのもつらい。弁護士や医師などの専門職でもない、経営者の娘でもない、ただのサラリーマンの子女が、浮き沈みの激しい政治の世界で、先が見えない「浪人生活」をどうやって送ればいいのか、不安がつのった。支援者のカンパも限りがあり、とりあえず自分も働くしかない。選対関係者の紹介で校正の仕事を始めたが、ついに活動経費の補給が続かず事務所を2年でたたみ、戦線を縮小せざるをえなくなった。
 果たして自分に本当に社会を変えられる力量があるのかと自問自答しては、政治への情熱も萎えていった。
 それから1年ほどたった2010年春、尾辻の出身地である神戸選出の民主党衆議院議員から地元秘書の声がかかった。生活にかまけて遠ざかっていた「政治」が近寄ってきたことで、尾辻の内奥で萎えかけていた政治への情熱が甦った。自分の経験が役に立つならと受けて東京を引き払って実家のある神戸へ戻った。
 主たる業務は、直前に控える参議院選挙兵庫県選挙区で再選を期す民主党現職への「後方支援」だった。受け持ったのは震災の被害が甚大だった長田区と兵庫区で、高齢化が急速に進んでいる地域だ。有権者一人一人に支持をお願いするいわゆるドブ板活動を続けるなかで、介護の課題に関心をもつようになった。選挙が終わると秘書の仕事はやめたが、近所の特別養護老人ホームで開催されていたヘルパー2級講座が目にとまり通うことにした。首尾よく資格が取れたので、座学だけではあきたらず、実際に介護施設で働き始めた。
 実際に介護現場で働いてみて、高齢者が抱えるリアルな問題と課題が見えてきた。たとえばデイサービスではこんなことを目の当たりにした――「健常者」には見えていないが地域に居場所がない家族介護者がたくさんいる、重度の麻痺があって自由に外出できないために地域から隠されている要介護の高齢者がたくさんいる。それは「世間」から隠されていることに苦悩するセクシュアル・マイノリティたちにも通底する問題ではないか。
 尾辻は介護と福祉にもっと深く関わろうと、現場で仕事をしながら、福祉関係の専門学校の通信課程を受講、社会福祉士を目指すことにした。政治活動に行き詰まるなかで、心の支えとなったのは、社会の上を目指すのではなく、社会の底辺を支える人の傍らに寄り添う、そんな自分であれば生きる価値があると思ったからだった。
 一方で、介護現場に深く関われば関わるほど、現場の声は政策決定の場には届いていないことを痛感させられた。「未だ浪人中の政治家志願」でもある尾辻は、介護と政治の両方の経験を踏まえて、福祉の現場と政治の間に橋をかける存在になりたいとの思いをつのらせたところへ、またまた政治が尾辻に近寄ってきた。
 2012年11月16日、民主党政権最後の首相となった野田佳彦が野党自民党の総裁・安倍晋三との党首討論で、消費税導入と定数是正をトレードオフすることで衆議院解散を約束。急遽総選挙が行なわれることになったが、大阪5区選出の現職民主党議員が引退を表明、後継に尾辻を強く推してくれ、なんと公認されたのである。
 衆議院議員しか総理大臣にはなれない不文律がその典型だが、国政においては、衆議院議員と参議院議員との間には大きな格差がある。その衆議院小選挙区に同性愛者の尾辻かな子が政権与党から公認されたのである。5年前の参院選に出馬したときはLGBTの代表的存在だったが、今回衆院小選挙区に立候補できたことはLGBTもふくむ全有権者の負託を受けるということであり、日本の民主政治にも欧米並みの変化があらわれてきたと尾辻自身も嬉しかった。投票日は公認決定からひと月たらずの12月14日。介護全体を俯瞰しながらもっと深く介護に関わろうと考えて、社会福祉士の資格も取ろうと準備をしていたところだったが、それは先送りにし、ろくに準備もない短期決戦であったが、尾辻は勇んで挑戦した。
 結果は以下のとおりだった。

 国重  徹(公明・自民・維新)   111,028
 瀬戸 一正(共産)          48,958
 尾辻かな子(民主)          46,378

 この第46回衆議院選挙は、普天間・原発・消費税をめぐって失政続きの民主党へ大逆風がふいて、230(離党者が続出したことで目減りしたが当初は308議席もあった)の現有議席を57にまで減らす歴史的惨敗を喫し、片や自民・公明に全議席の3分の2強を与えた。また、民主党の反自公票は共産党が受け皿になった。その傾向は大阪でも顕著であった。民主は19選挙区に公認候補15人を擁立したが小選挙区当選者はゼロ、比例復活で辻元清美が辛うじて1議席を得ただけだった。そんななかで、尾辻は共産党候補の後塵を拝したとはいえ、得票率では、15人の民主党公認候補者中6位。それも1位の辻元は33・3%、それ以下は20%台で、元官房長官の藤村修のそれを上回った。これは、落下傘のにわか後継候補としては大健闘と評価されてもおかしくはなかった。
 しかし、それよりも歴史的に意義のあったのは、尾辻自身も「これは進歩だ」と評したが、衆議院小選挙区候補として戦えたことだろう。2007年の参議院選挙の総括をめぐって伏見憲明も言っているように、尾辻選挙後に待ち望まれていたのは、「セクシュアル・マイノリティの政治家」ではなく、「優れた政治家で、なおかつセクシュアル・マイノリティの問題を解決できる人物」、つまり「脱アイデンティティポリティクス」の登場であった。ある意味、尾辻がそれを模索、実践してきた成果ともいえよう。実際選挙では、自身の体験から介護・医療の課題や、自治体議員としての経験から自治体の課題について語り、それにセクシュアル・マイノリティの課題も入れ込んで、総合的に政策を訴えた。その結果、前述したように得票からみても、自身がLGBTであることがマイナスに働いたとは考えられない。
 歴史的な大逆風に抗して、「脱アイデンティティポリティクス」をアピールできた意義はきわめて大きい。尾辻本人にとっても、LGBT運動にとっても、さらには日本の政治にとっても大きな出来事であった。
(本文敬称略)
(つづく)







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