書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります

【重要なお知らせ】お問い合わせフォーム故障中につき、直接メール(koudoku@toshoshimbun.com)かお電話にてバックナンバー・定期購読の御注文をお願い致します。

評者◆中土居一輝(谷島屋 浜松本店)
ロックな青春小説
ロック・オブ・モーゼス
花村萬月
No.3217 ・ 2015年08月01日




■今年四二歳になるボクの青春時代は常に音楽とともにあった。学校をサボっては仲間たちとなんとなく集まり、ギターやベースをかき鳴らし、好きなバンドについて語り合い、いつかライブやろうぜ、なんて夢見る日々。ということはさらさらなく、中学時代は部活動に明け暮れ、高校時代は読書に夢中でそこまで音楽にのめり込むことはなかった。もちろんいわゆる第二次バンドブームの真只中に生きていたので、ザ・ブルーハーツ、ユニコーン、ザ・ブーム、BOOWYから、その後のイカ天ブームによってFLYING KIDS、BEGIN、BLANKEY JET CITYなどにはまっていくこととなる。それとは関係なく、PRINCEが好きすぎて、そこから岡村靖幸にハマり、さらに川本真琴にハマっていった。デビュー・アルバムに収録されている“やきそばパン”という曲がすごすぎるので、ぜひ聴いてほしい。
 今回紹介する『ロック・オブ・モーゼス』の著者である花村萬月さんは、バブル期真最中の一九八九年、第二回小説すばる新人賞の「ゴッド・ブレイス物語」でデビュー。その後、一九九八年、「皆月」で第一九回吉川英治文学新人賞を、同年「ゲルマニウムの夜」で第一一九回芥川賞を受賞したのはご存知のとおり。
 デビュー作の「ゴッド・ブレイス物語」は、当時のボクのココロをわしづかみにした小説でした。十九歳でバンドを率いる朝子の男を渡り歩く様の、なんとも言えない性春模様がたまらない作品でした。
 最近では、衝撃的なラストがとても印象に残っていいる「いまのはなんだ? 地獄かな」や、抜群の爽快感で悪を描ききった時代小説「弾正星」などの傑作を次々と刊行されていますが、今回の『ロック・オブ・モーゼス』はデビュー作を彷彿とさせるロックな青春小説です。
 主人公の“朝倉桜(韻を踏んでいるすばらしい名前)”は、毎日必死にまわりの空気を読むことで、なるべく目立たず引っ込み思案で、常に日の当たらない場所で過ごしている高校二年生。つねに下を向いていた彼女だったが、あるきっかけでもう一人の主人公であるモーゼに才能を見出されていく。
 この“モーゼ”こと百瀬竜治は、高校生でありながらバンド“モーゼス”を率いる天才的なプロのギタリストであり、セッション・ミュージシャンとしても活動していて、楽曲の印税その他でそこいらのサラリーマンなど及びもつかない額を稼いでいる伝説の存在。
 そのモーゼが桜を音楽の世界へ引き込んでいき、やがてモーゼ率いるバンド、モーゼスで音楽活動をともにする。桜の才能は神がかっており、ギターの上達具合などは五年分、十年分を半年くらいでものにしてしまうほどでありながら、自分自身にいまいち自信を持つことが出来ない。
 それでも、“うそつきケイティ”や、中条を始めとするバンド仲間とともに過ごすうちに、すこしずつ自信を持てるようになってくる。そうしてバンド活動はうまくいきはじめるが、今度はモーゼがその天才ぶりが枯渇していくが如く、自分の歌やギターに自信を失っていく。この対比がツラい、切ない。音楽から忘れられていく、愛されなくなっていくモーゼは常に孤独だ。モーゼの抱くこの孤独感、桜への恋心、モーゼが持ちえない才能を持つ桜への嫉妬心、そして桜の才能に対する憧れの気持ちが入り混じった感情を想像するだけで、胸が苦しく切り裂かれそうになってきます。今まで自分がなんでもできたし、一番であったにもかかわらず、それを上回る才能の持ち主に対して恋をしていき、うまく振る舞えずに、ただ諦めざるをえない。自分の望んでいるものと、心の奥底に潜んでいる本当の気持ちとのバランスを取れなくなりながら生きていく辛さ。
 作中でモーゼが桜のために初めて歌った、ボブ・ディラン「If dogs run free」の歌詞、“やりたいことをすればええ おまえは女王になれる もし 犬が自由に走るなら”は、音楽に捨てられたモーゼが、次の人生を歩むための歌であるのではと思う。
 この作中の人たち、みんながそれぞれのロックを持っている。現代に生きるすべての人たちも同様だと思う。そして、ボクにとってのロックは……。今度、飲みに行った時に、語り合いましょう。







リンクサイト
サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 マチズモを削り取れ
(武田砂鉄)
2位 喫茶店で松本隆さんから聞いたこと
(山下賢二)
3位 古くて素敵なクラシック・レコードたち
(村上春樹)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 老いる意味
(森村誠一)
2位 老いの福袋
(樋口恵子)
3位 もうだまされない
新型コロナの大誤解
(西村秀一)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約