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評者◆殿島三紀
ルンタ(=風の馬)。チベット人の心を天に届けよ――池谷薫監督『ルンタ』
No.3216 ・ 2015年07月25日




■『サイの季節』『奇跡の2000マイル』『ルンタ』等を観た。
 『サイの季節』はバフマン・ゴバディ監督作品である。イラン政府に無許可で撮影した前作『ペルシャ猫を誰も知らない』から6年。イランからの亡命後、初めて発表した作品だ。現在トルコ・イスタンブールに在住する監督が、実在するクルド系イラン人の詩人サデック・キャマンガールのイスラム革命時の実体験を基に描いている。実話に基づくものとはいえ、暗いトーンの合間に挿入される幻想的なシーンは故国から切り離された監督の心象風景にも見える。詩人の妻を演じるのはモニカ・ベルッチ。『マレーナ』(00)のあの艶っぽい女優である。だが、モニカの存在をもってしてもなお重い作品だった。
 『奇跡の2000マイル』。ジョン・カラン監督作品。これも実話である。しかし、何故こんなとてつもないことを思いついたのかと当惑させられるほどの実話だ。20代の女性ロビン・デヴィッドソンが4頭のラクダと1匹の犬と共に、オーストラリア西部の砂漠を約3000キロ、インド洋まで横断するのだ。彼女の回顧録「TRACKS」に基づいた壮大なロードムービーではあるが、70年代という時代につきまとうある種のカラ騒ぎみたいなものも随所に感じられ面白かった。主人公を演じたのは今や巨匠や鬼才から引く手あまたの女優ミア・ワシコウスカ。強烈なUVもなんのその、顔の皮膚がボロボロになっての大熱演だった。
 そして、今回紹介するのが『ルンタ』。5月には光石富士朗監督『ダライ・ラマ14世』も上映され、チベット関係の映画上映が続いている。この作品は法王の写真や映像を撮り続けている薄井大還・一議父子が撮影した映像と日本の街角で集めた市民から法王への質問等から成るダライ・ラマ14世の案外おちゃめな素顔もとらえたドキュメンタリー映画。
 一方、『ルンタ』は最近チベットで相次ぐ焼身抗議を扱っている。『蟻の兵隊』(05)という中国残留日本兵のドキュメンタリー作品で鮮烈な印象を与えた池谷薫監督作品だ。『延安の娘』『蟻の兵隊』『先祖になる』に続き、今回も作品を通じて「人間の尊厳とは何か」という問いへの答えを求めた監督。本作では慈悲や利他の心に支えられたチベット人の焼身抗議が悲しくなるほど胸をうつ。監督はダライ・ラマ14世がノーベル平和賞を受賞した時、1時間のTVドキュメンタリーをまとめ、法王へのインタビューを中心に、亡命チベット人の暮らしを伝えた。その時知り合ったのが、チベット亡命政府の専属建築士として家族ともどもダラムサラに移住していた中原一博である。彼は今もダラムサラに暮らし、故郷を失ったチベット人を支援。既に140人を超える焼身抗議を伝えるため「チベットnow@ルンタ」というブログを発信している。
 映画は彼を語り手として焼身者たちの足跡を辿り、チベット本土でのデモによって逮捕され拷問を受けた元尼僧や、「自分たちがひどい目にあっているのは中国のせいではなくそれぞれが積んだ業の結果なのだ」と語る、24年間刑務所で耐え抜いた老人を紹介する。中原の存在は「悼む人」(天童荒太著)を連想させるが、あくまでも主人公は静かに穏やかに闘い続けるチベットの人々である。
 ちなみにルンタとはチベット語で「風の馬」を意味する。天を翔け、人々の願いを仏や神々に届けると信じられているものだ。チベット仏教文化圏に入るとあちこちに色とりどりの旗(タルチョ)がはためいているが、その中にルンタはいる。そのタルチョに埋め尽くされた山の中を「これは何よ?」と戸惑いながら歩く中国人観光客が映画のラストに映し出される。そこまで無知だと罪だ。慈悲も利他の心も持ち合わせていない自分は腹が立って仕方がなかった。
(フリーライター)

※『ルンタ』は7月18日(土)より、渋谷シアター・イメージフォーラム他、全国順次公開。







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