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評者◆成川真(ブックポート203)
この題名以外ありえない
君の膵臓をたべたい
住野よる
No.3214 ・ 2015年07月11日




■日本版レクター博士の誕生か?
 人間の本能的な部分での嫌悪感を誘発するのに、カニバリズム以上のものはあるまい。一般的にはまさしくホラー以外の何物でもなく、この禁忌を題材に『レッド・ドラゴン』という特級のサスペンスを作り上げたトマス・ハリスの腕前は見事という他ない。これに続く『羊たちの沈黙』はすぐさま映画化され、アンソニー・ホプキンスという名俳優の怪演により、歴史に残る名作となった。
 果たして日本でもハンニバル・レクターのような魅力ある悪役が生まれるのだろうか……そんな思いで『君の膵臓をたべたい』(住野よる)を読みはじめると、見事に意表を突かれることとなる。
 主人公はクラスメイトとなるべく関わりを持たないように、本ばかり読んでいる地味な高校生男子。病院で偶然手にした忘れ物『共病文庫』をきっかけに、クラスメイト山内桜良に振り回されることになる。ちょっとかわいくて、明るくて、でも強引な彼女は、なんと膵臓の病でもうすぐに死んでしまうのだという。
 テンポよく進む物語、思わずニヤリとしてしまう二人の会話のキャッチボール、題名からは想像もつかないさわやかな青春小説である。死をテーマにしているにもかかわらず、そこに一切の暗さもない。二人の微妙な関係にやきもきしたり、ドキドキしたり、何かが起きるたびに気持ちが揺れ動く。
 ところがそんな前半を終え、後半に入ると一気に暗雲が広がりはじめる。不安、疑心、恐れ。物語は一気に濁流へと変わり、運命という「無情」の波が二人を襲う。
 泣ける本……、たしかに本書は泣ける本である。しかし、そこはこの本にとっての主題ではない。死というものを扱う以上、泣けるということは特別なことではないし、泣けるからこの本に価値があるというわけではないのだ。
 人と関わることを面倒だと思い続け、ただ一人の世界に没頭していた主人公【僕】を、自分の意思とは関係なく連れまわし、翻弄した一人の少女。たったひと夏の短い時間の中、その関わりによって「あることに気づく」。主人公の心象が映し出された号哭は、泥濘のようにたまってしまった澱を吐き出すための、思春期における一種の儀式であったのかもしれない。
 しかし誰しも苦悩し、答えを求め続け、彷徨いながら人生を歩んでいる中で、その「気づき」は他人事ではない。ある人は郷愁をもって、ある人は共感をもって、そのページを胸に刻みこむのではないか。
 この小説を青春時代に読んでおきたかった。無限にも思える未来に続く時間、無限にも思える可能性を信じていたあの時に読んでいれば、きっと小さな、でも強い一歩を踏み出していたのではないだろうか。そう思えるほど強い杭を胸に打ちこむ小説である。
 本書は、「小説家になろう」というWeb上の小説投稿サイトに掲載されていた。それが双葉社から書籍として刊行されたわけだが、当初はラノベとしての発売も検討されていたという。しかし、内容の素晴らしさからラノベという枠にはおさまりきらないだろう、という判断で一般文芸として発売された。
 その判断は正しいといえるだろう。ラノベを卑下しているわけではない。より多くの人が手に取りやすいのはカテゴライズされたラノベではなく一般文芸だし、単価は高くなるがそれだけの価値がこの本にはあるからだ。
 デビュー作がこのような素晴らしい一冊となってしまったわけだが、果たしてこれを超える二作目、三作目を生み出せるだろうか。そう心配になってしまうくらいなのだが、この作品から感じ取れる作者の感受性の強さを思えば、それは杞憂であるかもしれない。
 最後に、とてつもないインパクトを与えるこの題名、最初はみな眉をひそめるのだが、読後にはみな口を揃えて「この題名以外ありえない」という。これこそ、この小説の奇異で、しかし確実な魅力を表している証といえるだろう。







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