書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります

【重要なお知らせ】お問い合わせフォーム故障中につき、直接メール(koudoku@toshoshimbun.com)かお電話にてバックナンバー・定期購読の御注文をお願い致します。

評者◆前田和男
若きLGBT人権活動家・尾辻かな子の巻30
No.3214 ・ 2015年07月11日




■本人による選挙総括

 これまで、尾辻かな子が日本で初めてLGBT当事者であることを公けにしてチャレンジした国政選挙について、選対中枢、一歩距離を置いて見守った「識者」たちの「選挙総括」を紹介した。では、当の尾辻かな子本人はどうだったのか。
 敗北直後は、正直“総括”どころではなかった。
 選挙後、支援してくれたさまざまな団体をまわったが、挨拶の途中で一方的な糾弾にあい、涙が止まらなくなって中座したこともあった。たとえば、行く先々で、当時多くの国民の関心を呼び民主党の最大の“集票武器”でもあった「消えた年金問題」をなぜもっと訴えなかったのかと指摘された。そもそもそれは参議院選挙制度の無理解によるところが大きかった。参議院選挙の全国比例では同じ党から複数人が立候補し、個人名と党名の総得票数で各党の獲得議席がきまり、その中で個人名の多い順から当選が決定していく。「年金問題」を中心に訴えても他の候補者との差別化ができず埋没してしまうだけである。
 いっぽう当の民主党からすると、尾辻は今のビジネス用語でいう“ブルーオーシャン”(手つかずの市場)の可能性にかけた候補であり、でなければ労働組合出身でもない無所属の1年生府議会議員がわずか32歳の若さで公認されるはずもなかった。
 したがって文字数が限られるビラやポスターなどの選挙公報物で、訴えかけるメッセージがセクシュアリティ中心になるのは当然のことだった。
 その選挙戦略の基本中の基本が、多くの支援者たちにきちんと伝わっていなかったことを知って、尾辻は愕然とした。
 それにしても、いやそれだからこそ、選挙前はなぜ早く公認してくれないのだと気を揉んだが、後からは民主党によくぞ公認されたと思うことしきりだった。
 通常、参院比例選挙では、医師会、労働組合、農協、特定郵便局、宗教団体などの大組織をバックにするか、知名度抜群のタレントを擁立するかが、昔も今も定石だが、当時の民主党には、大きな支援組織はもたないが掲げる課題に社会的意義があるマイノリティ候補を立てようという結党以来の良き伝統がまだあった。尾辻以外にも、障害者、在日コリアン、難病患者などの候補者が公認され、全国比例区ならではの独自色を出していた。それが尾辻の選挙以降消えてしまったのは残念でならない。
 しかし選挙が終わって尾辻が受けたのは、無念な思いばかりではなく、望外の発見もあった。
 尾辻の父方の故郷である鹿児島で行なった唯一の「地上戦」である。当初これに尾辻本人は激しい反発をおぼえた。高校時代に空手道アジア・チャンピオンで「一族の誉」となった尾辻だったが、それが突然のカミングアウトで「一族の不名誉」へと反転。そんなところへはとても行けるはずもなかった。しかも岩盤のごとき保守の地盤である。そんな地域へ行ってレズビアンが受け入れてもらえるはずがないと。ところが蓋を開けてみると、鹿児島県から出た票は、選挙区総投票者に占める割合からすると、LGBTがもっとも多く住んでいると思われる東京の2・3倍もあり、後の繰り上げ当選にも貢献したとみていいだろう。
 この鹿児島での地上戦の成果について、尾辻はこう振り返る。「一言で言うならば、地縁と血縁は、セクシュアリティを前面に出した選挙でも生きていたという大発見だった。自分を守っていたと思っていた鎧は、自分を守っていると思っていたけれど、相手と接することを避け、身動きができなくなる鎧であったことがよくわかった選挙だった」と。
 そうはいっても得た票は3万8千、民主党候補者の中で、当選者20人のはるか後塵を拝する29位の惨敗であった。この3万8千票をどうとらえるか。尾辻は、当時は大惨敗としょげ返ったが、後に歴史的に大きな意味があったと思い直すようになったという。たとえば渋谷区の同性パートナーシップ条例に対してそれを支持するネット署名が1万筆だったことを考えると、その8年も前に3万8千人あまりが尾辻かな子と書いてくれたことは画期的であったと。
 ちなみに当時はセクシュアリティと政治をつなぐ理解度はまだまだ低く、それを社会に伝える回路もほとんど閉ざされていた(2005年に尾辻がカミングアウトした時も、どうして自治体議員が自分のセクシュアリティをオープンにしなければいけないのか理解できないと言われ、社会的感度が高いはずの記者たちも、それをどう伝えればいいのか悩んでいた。今のように、毎日のようにセクシュアル・マイノリティの記事が掲載され、渋谷の条例が大きなインパクトを持って報道される時代ではなかった)。
 だから、まだアライ(ally、人権の平等や男女同権やLGBTの社会運動を支援する異性愛の人々)という言葉も流通しておらず,彼らの支援も期待できない時代に、当事者たちだけで尾辻を応援する葛藤と勇気は大変なものであり、そんななかで生み出されたのが3万8千票だとすれば感慨は一入だという。
 その上で、尾辻は、参院選出馬・敗北からの8年間をこう振り返る。
 「私は常々、時代とともに、変化は起こる、ただ自分はその変化をグラフで表した場合、その傾きをあげたいと言ってきました。すこし、変化のスピードを速くすることができれば素晴らしいことだと。あの選挙によって、確実にセクシュアル・マイノリティに対する理解の広がりや、新たな当事者の発掘があり、歴史の変革のスピードは上がったと思います」
(本文敬称略)
(つづく)







リンクサイト
サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 マチズモを削り取れ
(武田砂鉄)
2位 喫茶店で松本隆さんから聞いたこと
(山下賢二)
3位 古くて素敵なクラシック・レコードたち
(村上春樹)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 老いる意味
(森村誠一)
2位 老いの福袋
(樋口恵子)
3位 もうだまされない
新型コロナの大誤解
(西村秀一)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約