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評者◆中土居一輝(谷島屋 浜松本店)
感動は人を動かす
ウィメンズマラソン
坂井希久子
No.3213 ・ 2015年07月04日




■走るのがキライだ。走るのがびっくりするくらい遅いからだ。そんなに肥えてない中学生の頃に、50メートルのタイムが12秒というとてつもなく遅い記録だったので、もう走るのがキライでたまらなかった。いまも同じで、たまに万引き犯なんかを追っかけたりするとたいてい追いつけないので、とても苦労をしている。
 そんな走るのがキライなボクだが、人が走るのを観るのはとても好きだ。世界陸上や箱根駅伝、各地のマラソン国際大会なんかはテレビでやっていればたいてい目が釘付けになるし、時間のある休日に観戦しにいくこともある。速く走れるという、自分にないものを持っているトップアスリートたちに魅了され続けている。
 「マラソンの父」といわれた金栗四三は、マラソンの距離である42・195キロを語呂合わせで、“死に行く覚悟”と言いました。生半可な気持ちではトライできないマラソンという過酷な競技について、うまく表されている言葉とおもいます。
 ちなみにこの金栗四三という人は世界一の記録保持者でもあります。それは「54年と8ヶ月6日5時間32分20秒3」でゴールという、とてつもなく遅い記録です。どういうことかというと、ストックホルムオリンピックにマラソン日本代表として出場した金栗四三は、過酷な環境下での競技中、約26・7キロ付近で意識を失い倒れてしまい、沿道の農家の人たちに保護されてしまいました。翌朝、目を覚ましそのまま宿舎へ戻ったそう。その後、マラソン中に消えた日本人のエピソードは地元スウェーデンでは、語りぐさとなっていました。そして1967年にストックホルムオリンピック開催55周年記念式典に招待されました。実は行方不明になっていたときに棄権の意志がオリンピック委員会に伝わっておらず、金栗四三を記念式典でゴールさせようということにしたのです。この記録は決して破られることがないでしょう。
 閑話休題。こんかい紹介させていただく『ウィメンズマラソン』は、タイトル通り女子マラソンのお話です。
 主人公の岸峰子は、プロのトライアスリートである父と、実業団の選手だった母を両親に持つ、監督曰く“ステイヤー体質”のマラソンランナー。大学時代に小南監督に見出されて、実業団へ。名監督の秘蔵っ子として、徐々に頭角を現していく彼女は、代表選考対象レースで日本人一位となり、ついに代表の座を手に入れるが……。
 基本的に根暗な岸峰子ですが、負けん気が強く、まわりの人たちと折り合いをつけるのがあまりうまくありません。読んでいて、もっとうまく立ち回ろうよ!とやきもきしてしまいます。女性アスリートならではのハードルというものも、やっかいです。30歳・バツイチ・子持ちのランナーの現役復帰というものが、おそらくはこの小説にかかれているくらいに困難な道だということが伝わってきます。「趣味や人生の彩りにしてしまえるほど、私はこの競技を愛していない」と言っていた彼女は自分の娘や母親、監督、コーチに支えられ、「岸峰子」を取り戻すために、挑戦していく。
 彼女のひたむきな姿に、ふと自分を振り返ってみる。自分は精一杯の努力をして生きているのか? 仕事や生き方で、人に感動を与えられているのか? コーチのこの言葉が自分を初心に戻してくれた。「知らないんですか? 感動は人を動かすんですよ」。
 同著者の『ヒーローインタビュー』という野球小説もまた、ステキなスポーツ小説です。文庫化にあたり、最終章が変わっておりますので既読の方もぜひ、また読んでみてください。







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