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評者◆殿島三紀
ターナーを見事に演じ切った怪優ティモシー・スポール――監督マイク・リー『ターナー、光に愛を求めて』
No.3212 ・ 2015年06月27日




■『追憶と、踊りながら』『ダライ・ラマ14世』『海街diary』『ターナー、光に愛を求めて』などを観た。
 『追憶と、踊りながら』。カンボジア出身のホン・カウ監督作品。脚本も。二十数年英国に暮らしながら英語を話せない老境に入った母が依存するゲイの一人息子。そして、彼の英国人の恋人。息子の死後、いかにもアジア的な母子関係に絡め取られていく恋人を情緒豊かに描き出した作品。
 『ダライ・ラマ14世』。光石富士朗監督。法王来日時の撮影をした薄井大還・一議父子の撮った映像、過去のニュース映像、そして日本の街角で集めた市民の法王への質問等から成る法王の素顔をとらえたドキュメンタリー映画。
 『海街diary』。マンガ大賞2013を受賞した吉田秋生のベストセラーコミックを映画化した是枝裕和監督作品。鎌倉を舞台に美しい四姉妹が織りなす人間模様を描いている。これまでの是枝作品とは違い、とがった部分が影を潜めている点は好悪が分かれるところか。
 今回紹介するのは『ターナー、光に愛を求めて』。ターナーと聞くとまずポスターカラーを思い出す。その名は絵具会社の社名になるほど有名でも、彼の素顔は謎に包まれている。
 1755年ロンドンに生まれたJ・M・W・ターナーは幼い頃生母が精神を病んだことが後の女性関係に影を落とし、生涯、結婚することはなかった(子どもはいたが)。史上最年少27歳でロイヤル・アカデミーの正会員に選ばれる。76歳、愛人の家で病死。遺言で彼専用のギャラリーを作ることを条件に全作品を英国に寄贈。
 映画ではターナーが死ぬまでの25年間が描かれている。床屋の息子に生まれ、正統な学校教育を受けず、結婚もせず、名前と身分を偽って旅をするターナーを演じたのはティモシー・スポール。端正な風景画の印象が強いターナーをこの短躯短足、容貌魁偉な俳優が容赦なく覆してくれた。初期のかっちりした風景画を描いた人物と同じ人間とは思えないようなターナーの奇妙な人となり。画家の謎の部分を見事に演じきっている。今後ターナーといえばこの俳優を思い浮かべることになろう。地下のターナー本人にとっては迷惑なことかもしれないが。
 海に向かって切り立つ白亜の断崖。夕日に彩られた柔らかな山の稜線。荒れた海、穏やかな海。本作では旅する画家、ターナーの歩いた風景を追体験する。まさに眼福ここに極まる。72歳のマイク・リー監督が今回初めて使ったデジタルカメラ。その映像もまたターナーの作品同様、光に溢れる。これは映画なのか、絵画なのかと戸惑うほどだ。しかし、その美しさを浮わついたものにせず、地についた映像として見せるのはティモシー・スポールの存在だろう。彼が演じるターナー画伯の現実感溢れる短い足とこもったような発声。この怪優が演じるターナーの醜さが美しい自然と溶け合う。
 ターナーの後期の作品は、輪郭は曖昧になり、影のように滲み、光に溶け込むようなタッチの作品に変わる。光の画家とよばれる所以だ。ティモシー・スポールはこの画家を演じるために、自身2年間絵を習ったという。本作では彼がキャンバスに向かうその姿勢、筆づかいにもご注目いただきたい。
 映画では最大のライバル・コンスタブルの絵を見て思わぬ行動に出たり、荒れ狂う嵐の海を体験するために船のマストに体を縛りつけたというエピソードも描かれ、絵画ファンにも見応えのある作品だ。身勝手で、不器用で、愛を知らないターナー。その作品がビクトリア英国画壇に認められたがために、ロイヤル・アカデミーの重鎮ではあったが、後年、印象派の萌芽ともいえる独自の画風のため、画壇での評価も様々だったターナー。本当のところは描くことが好きで好きで仕方がない変人だったのだろう。
(フリーライター)







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