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評者◆前田和男
若きLGBT人権活動家・尾辻かな子の巻29
No.3210 ・ 2015年06月13日




■「識者」による選挙総括②

 前号の北原みのりに続いて、選挙から少しく距離をおいて尾辻を見守ってきた「識者」による総括をもう一つ紹介しよう。自らもゲイであることをカミングアウトし、日本のLGBT界の論客として活躍する伏見憲明である。
 そもそも伏見と尾辻は、当初はパレードなどのイベントで互いを見かける程度の関係だったが、LGBT関連の図書を手掛けるポット出版の社長の沢辺均を通じて親しく話をするようになった。
 北原の「選挙総括コメント」ブログは選挙直後であったが、伏見のそれはさらに2年弱後の2009年4月29日のものである。
 選対での総括をうけて、尾辻は“敗戦”後も次なる政治挑戦に向けて活動を継続することを決断、新宿2丁目の選挙事務所をその拠点に切り替え、支援者からのバックアップで維持をはかるも、経費の補給が続かず2年で事務所をたたみ戦線を縮小することになった。そのクロージングイベントにゲストスピーカーとして招かれたのが伏見憲明であった。
 伏見のスピーチのタイトルは「希望のバトン~『ミルク』で語るこれから」。1977年にゲイであることを公表してサンフランシスコ市議に当選するも1年後に同僚議員による凶弾に斃れた米政治家ハーヴィー・ミルクの壮絶かつ劇的な生き様から語りおこし、そのよき継承者として日本にゲイリブの道を切り拓いてきた大塚隆史らの足跡を辿り、その歴史的文脈の中から尾辻選挙の位置と意義を定めてみせた。尾辻選挙から2年を経過していることもあってパースペクティブがよくできていて、今読み返してみてもポレミークな言説に満ちている(全文はhttp://www.pot.co.jp/fushimi/20150329_142810493935080.htmlを参照)。
 以下、20~30分ほどのスピーチから、「尾辻選挙の総括」に焦点をしぼって紹介してみよう。
 伏見は、尾辻が民主党という大政党のメインの候補者として全国を回ったことを「どれほど評価されてもし尽くせるものではない」とする一方で、「セクシュアルマイノリティにとって生きやすい社会を実現しようとする私たちは、(“敗北”という)現実から多くを受け止めなければならない」と問い返す。
 往時、尾辻選挙の敗北の主因を日本のLGBT運動の後進性に求める議論があった。すなわち日本は性的少数者が暮らすには過酷な環境にあるから当事者が声を上げられないのだ、と。しかし伏見にいわせれば、これは一部活動家が抱きがちな「一面的」な見方で、「同意」も「共感」もできないという。その証拠に実際は、「(尾辻が参院選に出馬したことに)メディアも政党もLGBTのコミュニティも好意的で、とりたてて尾辻に対して攻撃的な勢力も存在しなかった」「にもかかわらず当事者の間でも支持が野火のようには広がらなかった」のは何故なのか。これこそ真剣に向き合い解きほぐすべき課題ではないか、と。
 そこで伏見が冷徹な目で注視したのは、尾辻選挙が教えてくれた次の厳然たる“現実”だった。すなわち、「すでにこの社会はある程度セクシュアルマイノリティのことを受け入れようとしている」。その証拠に、「もはや、保守本流の政治家であるところの、あの小沢一郎ですら、利用できるのなら同性愛者でもなんでも候補者にしようとしている」ではないか。ということは、「(差別や抑圧がないということではもちろんないが)日本のセクシュアルマイノリティが政治的な主体として層を成していない、成す必要をあまり感じていないのだ」と。
 このことは裏を返せば、前掲の選対中枢3人による「総括」でも出されたが、「同じセクシュアルマイノリティだといっても利害を共有することが困難になっていくはずである」。つまり、「かつてなら、リブに与する人間はおおよそ、憲法改正には反対で、反原発で、反自民で、反天皇で……という五十五年体制的な思想の色分けができたが、いまや運動系の当事者も多様な政治的意識を持っていて、一つの世界観・運動論で括ることは難しくなっている。支持政党も必ずしも民主・社民・共産に親和性があるわけではなく、自民・公明の支持者もいる」。だから、当事者の間でも尾辻の支持が野火のようには広がらず、わずか3万8千票と惨敗したのだと。
 であれば、これからのLGBT運動はどうあるべきか。
 「さまざまな立場の当事者をいかにつなぎ、共有する目標を設定できるのか。そしてどんな社会構想をこちらから積極的に提出できるのか。既存の社会の側の至らなさを批判するばかりでなく、自分たちこそが新しい社会のビジョンを提示していく」「社会を敵と規定するのではなく、自分たちもそこに参加している当事者だという認識を徹底し、支援者を増やしていく努力をしていく」「自分たちの生きていく環境を向上させていく政治を展開させていかなければならない」のだと。
 とすると、尾辻選挙を経験した後に必要とされているのは、「セクシュアルマイノリティの政治家」ではなく、「優れた政治家で、なおかつ、セクシュアルマイノリティの問題を解決できる人物」ではないか。そして、その政治家に求められる姿勢とはどうあるべきか。伏見はスピーチの導入部で紹介した二人の先駆者を引き合いにだしてこう言う。
 「ハーヴィー・ミルクのようにけっしてあきらめずに挑戦していく、政治的な意志の貫徹。負けても何度でも挑戦する強靭な精神」と「大塚隆史の絶対に自分を手放さない誠実さと、他者を受け入れることを断念しない寛容さ」である。そして、こう結ぶ。「とりあえず二丁目から事務所を撤退することになった尾辻さんには、今日はあえて『ご苦労様でした』とは申し上げません。誰もできなかった大きな仕事を一つ成したのですから、自分と向き合う時間もいまは必要なのだと思います。そして、私たちは尾辻さんの捲土重来を期待して、それぞれの役割を果たしながらここで待っていたいと思います」
(本文敬称略)
(つづく)







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