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評者◆たかとう匡子
同人誌の世界が疲れてきたようにもふと感じる――平林敏彦「『蒼ざめたvieの犬を見てしまった』君へ――田村隆一から三好豊一郎への書信(1946年)」(『午前』)、樋口良澄(「鮎川信夫と三つの戦後二八――否定の力」(『ミて』)といった、「荒地」の時代を振り返った良作などもある一方で……
No.3210 ・ 2015年06月13日




■「午前」第7号(午前社)の平林敏彦「『蒼ざめたvieの犬を見てしまった』君へ――田村隆一から三好豊一郎への書信(一九四六年)」は私などが詩を書きはじめる遠い以前の話なのに、今見てもとても新鮮だ。平林敏彦といえば大長老で大先輩だが、それが表題のように敗戦直後の頃の「荒地」同人同士の「手紙」を復刻して再録している。私たち後続する者にとっては、こうして生身で出してもらった方がよく、戦後七〇年経って、今これを読んで、このころの私生活もふくめて、お互いに協力し合い、切磋琢磨している様子がよく見えて興味ぶかい。深い信頼感があり、人間味があって、それが作品行為にもつながった。平林敏彦は「何を今さらという声が聞こえそうだが、「荒地」と同時代の僕に残された時間は少ない。読者は今から七〇年前の敗戦直後、「荒地」グループがまだ自分たちの拠点となる詩誌を持っていなかった頃、田村隆一が病気療養中の三好豊一郎宛に書いたエッセー「手紙」の全文を読むことによって、感動的な魂のふれあいとも言うべき二人の詩人の友情と、彼らの詩的認識のありようを知るだろう」と言っているが、実に「手紙」そのものが田村隆一の小さな詩のエッセーになっていてその充実ぶりに驚く。いいものを復刻し、紹介してくださったと思う。
 「ミて」第130号(ミて・プレス)の樋口良澄「鮎川信夫と三つの戦後二八――否定の力」は鮎川信夫の生前最後の詩集『宿恋行』を中心に書かれている。『宿恋行』の扉には「一九七三――一九七八」とあり、刊行時鮎川は五八歳だった。樋口良澄は詩集冒頭の詩「地平線が消えた」から、とりわけ「ぼくは行かない/何処にも/地上には/ぼくを破滅させるものがなくなった」を採りあげながら、二十代で読んだのと、鮎川と同じ年代になって読んだのとではまた異なる感想を持ったと言って「ぼくは行かない/何処にも」という否定形のこの二行にこだわっていく。シニカルな表現のようにみえるが、遠ざかりゆく戦後の時代へのノンと受け取っていた、この受け取り方は大事という。私もこの意見に同感だ。「第一次大戦後の世界を「荒地」ととらえた世界認識と七〇年代当時をつないだ帰結」として、否定形をとらえるという樋口良澄のまなざしで私もまた私たちのまわりの先行する詩人についても見つめ直していきたいと思った。
 「丁卯」第37号(丁卯会)の伊庭高明「青の宮殿」は現在の小学六年生のまなざしを通して戦後世代の生きざまを描くというその視点設定が新鮮だ。「学生運動」とか「ずいぶん昔のことだけど、アンポがどうとか言ってた」とか、主人公の少年が語る祖父が作者の世代ということになるが、そうすることでみずからの世代を客観化し、あとの世代から作者自身もふくめて眺めさせたり、小学生の内面と向き合わそうとしたり、なかなかユニークだ。こういう方法はあまりないだけに新鮮で面白いと思った。
 「私人」第84号(朝日カルチャーセンター)の沢居淳子「納豆が空を飛ぶ」は夫婦とは何かを考えさせられる。結婚したら、夫は自分は稼いで妻に食べさせてやっているのだからと家事一切に手を貸さず、朝夕は駅まで妻に送り迎えをさせている。たまたま「でも私は子育てをした」と反発したら「なんだとッ! 食べる気がしない! 胸くそが悪い!」と言って、妻に食卓の納豆を白い発泡スチロールの容器ごとなげつけたところからこのタイトルとなった。それにしても結婚したら豹変した男はいっぱいいるようで、そんな男と見分けられなかったのには女にも非はあるのにそれをひきずったまま夫の定年まできた、山ほどある聞き飽きた話だが、だからこそけっして古いとはいえまい。私小説の類といっていいだろうが、よく書き込まれた作品といえる。
 「出現」第8号(出現の会)の内村和「通り過ぎる日々」は結婚して仕事を辞めて家庭の主婦になった女と、独身でずっと仕事を続けている女との時々の出会いをとおして、愚痴を言ったり、なぐさめ合ったりしながら語られるその生きざまの比較の部分に興味をもった。女が経済的自立ができていないのが問題なら、結婚するから辞めるというのも落とし穴。男が定年を迎えた段階で女が離婚したいというけど、古い男社会のつけがまわってきただけの話で、逆に夫婦とは何か、家族とは何かという根本的な問いは残される。離婚するかしないかはともかく、これではこの女性にとってこれまでの人生は何だったかという問いが残る。平凡だがむずかしい問題だと思う。
 「葦」第45号の宮内憲夫「安全セールス」は風刺詩。現代に対するイロニー型の詩だ。作者はこういう詩は得意なようでしっかり手の内に取り込んで作品にしている。今の現代詩にこういう傾向が少なくなっただけに注目した。
 「BISON」第20号は短歌と評論中心の雑誌で創刊15周年記念号。上智大学の先生である小林幸夫が研究室で歌会をはじめたことがきっかけで生まれたと「略史」で書いている。永井玲衣「言いたいことが〈ある〉ということ、〈ない〉ということ」ではとくに塚本邦雄と穂村弘の短歌を比較しながら書き込んでいるが、戦後モダニズムが変わってきているだけで、「言いたいこと」があるとかないとかの問いには必ずしも賛成できないが、興味深かった。
 今月は冊数がいつもより少なかったせいもあるが、同人誌の世界も疲れてきたようにふと感じた。小説は確かに上手く書かれている。しかし日常生活の倦怠感を描くにしてもそこでなお格闘しないと近代の私小説に逆戻りする。袋小路の世界にとどまっているかぎりそれでいいのかという問題は残る。
(詩人)

▼午前 〒330―0840さいたま市大宮区下町3―7―1S601 午前社 布川鴇
▼ミて 〒156―0042世田谷区羽根木1―19―6 3Aミて・プレス 新井高子
▼丁卯 〒363―0022桶川市若宮1―8―10―403 丁卯会 伊庭高明
▼私人 〒163―0204新宿区西新宿2―6―1新宿住友ビル 朝日カルチャーセンター 森由利子
▼出現 〒385―0022佐久市岩村田3246―4 出現の会 小島義徳
▼葦 〒519―0415度会郡玉城町田丸156 村井一朗
▼BISON 〒332―0023川口市飯塚3―3―7―806 小林幸夫








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