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評者◆成川真(ブックポート203)
彼と彼女は計算して奇跡を起こす
ラプラスの魔女
東野圭吾
No.3210 ・ 2015年06月13日




■“ラプラス”に最初に出会ったのは、高校生の頃だった。
 当時、パソコンゲームに熱中していた私は「ラプラスの魔」というホラーゲームに夢中になった。このゲームは後に安田均原作・山本弘執筆で小説化され、何度も繰り返し読むほどのお気に入りの小説になった。その結果、この作品の下地となっていたクトゥルフ神話に当然のように傾倒し、ラヴクラフトを読破するという、ひとつ間違えばかなりまずい青春時代を過ごすことになったわけだが、なんとか西洋魔術を実践する寸前で足を止めたのは、今となれば僥倖といえるかもしれない。
 その時、ラプラスという響きに魅かれて意味を調べ、「ラプラスの悪魔」にいきついた。当時はインターネットもそこまで普及していない時代である。百科事典や専門書を図書館で探して、関連のページを徹底的にコピーした記憶がある。
 「もし、ある瞬間における全ての物質の力学的状態と力を知り、それらをデータ解析できる知性が存在するならば、その存在には未来がどうなるか見通すことができるだろう」
 これが後に『ラプラスの悪魔』と呼ばれるようになるフランスの数学者、ピエール・シモン・ラプラスの提言である。
 物質を構成している分子は二つ以上の原子から成り、原子は原子核と電子から成る。さらにこれらは陽子や中性子から成り、最後はクォークという素粒子に行きつく。この極極極小の素粒子すべての動きを知り、予測し、計算できれば、唯一つの未来を知ることは可能ということである。
 更に簡単にいうと「何でも計算できるすごく頭のいい人がいて、この世のすべてのことを知ったら、未来がどうなるかわかるよ」ということなのだが、どれだけ科学技術が発達しても人類という種には未来永劫不可能なことだろうし、このようなことは神かそれと同等の存在にしか成し得ないであろう。
 東野圭吾『ラプラスの魔女』(KADOKAWA)は、その題名からわかるように、このラプラスの悪魔を題材にして書かれている。
 もはや知らない人の方が多いであろう『ガリレオシリーズ』や『プラチナデータ』、『パラドックス13』など、東野作品には科学要素の強い小説がいくつもある。ラプラスの魔女もこの系統か、と問われれば、そうだといえるし、そうでないともいえる。大別すれば科学要素を多分に含んだこの系統なのだが、それは単に作品の一側面でしかないからだ。
 この小説の本質は、ラプラスという下地の上に立体状に組まれた無数の糸である。その糸は複雑怪奇に絡まりあっていて、一見しただけでは、どこがどう絡まっているのかわからない。それが物語の進行とともに徐々に解かれていく。その様はもう本当に見事としかいいようがなく、芸術といってもさしつかえないのではないかとすら思うほどだ。
 この作品の本来の魅力を存分に知ってもらいたいがゆえに、あえて内容については触れずにおくが、これが傑作であるということは疑いようがない。
 帯に書かれている【彼女は計算して奇跡を起こす。】という言葉を借りれば、【彼は計算して奇跡を起こす。】ことに成功しているのだ。
 計算の上に絡められた糸、その最後の結び目がほどけた瞬間の最高のカタルシスは、読んだ者にしかわからない。そしてそのカタルシスは、作者の緻密な計算によって、事前に予測されていたものなのである。
 「もし事前に読者の心の動きを読み、思った方向へ誘導することができる知性が存在すれば、計算によって思った通りの感動に導くことができる」
 これが後に『ヒガシノの魔』と呼ばれるようになる……かどうかは、残念ながらラプラスの悪魔でない私にはまったく見通すことができない。








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