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評者◆殿島三紀
ボーナスか、同僚か。簡単そうな選択だが……。――ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督『サンドラの週末』
No.3208 ・ 2015年05月30日




■『グッド・ライ~いちばん優しい嘘~』『ザ・トライブ』『アルプス 天空の交響曲』『サンドラの週末』等を観た。
 『グッド・ライ~いちばん優しい嘘~』。フィリップ・ファラルドー監督。『ぼくたちのムッシュ・ラザール』の監督である。移民を描かせたらこの人以外にはいない、と思う。スーダン内戦で親を失った子どもたちを全米各地に移住させる「ロストボーイズ」計画を心温まる作品に仕上げてくれた。
 『ザ・トライブ』。ミロスラヴ・スラボシュピツキー監督作品。出演者は全員聾唖者。全編手話のみの映画だ。台詞がないから字幕も吹き替えもない。音楽もない。ウクライナの異色作。キエフで行われた本作の撮影はヤヌコビッチ政権への反政府デモの前に始まり、ロシアによるクリミア支配の後に終わった。そんな差し迫った空気感も感じられる作品である。
 『アルプス 天空の交響曲』。ヨーロッパ7ヶ国にまたがるアルプスを高性能カメラで俯瞰した。鳥の目でアルプスを観る。監督はペーター・バーデーレとセバスチャン・リンデマン。
 そして、今月の映画は『サンドラの週末』。2011年『少年と自転車』でカンヌ国際映画祭審査員特別グランプリを受賞。史上初の5作品連続カンヌ主要賞受賞をなしとげたダルデンヌ兄弟監督の最新作である。
 今やカンヌ映画祭の顔となり巨匠と呼ばれる彼ら。兄は1951年、弟は1954年にベルギー・リエージュの工業地帯で生まれ、労働争議を間近に見ながら成長した。20代で映画を志した頃には原発で働いて得た資金で機材を購入し、労働者階級の団地に住みこみ、土地整備や都市計画の問題を描くドキュメンタリーを制作した。その経歴を見れば根っからの社会派監督という印象だが、彼らの作風に生一本な正義感はない。どちらが善でどちらが悪か、そんな黒白はっきりした色分けもなければ、監督自身の目を神の目とした上から目線もない。主人公と共にとまどい、迷い、悩む姿こそが彼らの持ち味である。2002年『息子のまなざし』のプロモーションで来日した監督に会ったとき、ヨーロッパの映画人らしからぬ謙虚さがあった。あの印象を今も彼らの作品の中に見てしまう。
 体調不良から暫く休職していたソーラーパネル工場にようやく復職できるメドのついた主人公サンドラ。家族4人で暮らす彼女に金曜日の朝、突然解雇通知の電話がかかった。会社側は、社員たちにボーナスを支給するために1名解雇しなくてはならないというのだ。しかし、同僚のとりなしで週明けの月曜、16人の同僚たちによって投票が行われることに。ボーナスを諦め、彼女を選ぶ者が過半数を超えれば、サンドラは仕事を続けられるが……。
 サンドラにとっても同僚たちにとっても厳しい選択である。同僚たちの中には妻が失業し、ボーナスがなければ生活が成り立たない者もいれば、工場の賃金だけでは足らず、休日も働いている者もいる。誰にとってもボーナスを諦めるのは簡単なことではない。サンドラも新居を購入したばかりである。解雇されれば転職のめどもなかなか立たないご時世だ。会社側もまた中国はじめアジア勢力が伸びている世界的な経済状況に翻弄される中小企業に過ぎない。あちらもこちらも皆深刻な状況を抱える中、それでも同僚たちの説得に回るサンドラ。彼女を演じたのは『エディット・ピアフ~愛の讃歌~』(07)でアカデミー賞主演女優賞を受賞したマリオン・コティヤールである。スッピンで、無造作に髪を結わえ、恐らくは心の病で休職していたと思われる労働者になりきっていた。
 社会派という言葉は手垢にまみれているが、ダルデンヌ兄弟監督は巨匠とよばれるようになった今もその視点と姿勢は、生活者のものであり、手法の根底にはドキュメンタリーがある。良い映画だった。
(フリーライター)







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