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評者◆大矢靖之(紀伊國屋書店新宿本店)
宗教と社会の動態的関係性を考察
宗教の社会貢献を問い直す――ホームレス支援の現場から
白波瀬達也
No.3207 ・ 2015年05月23日




■大学時代の恩師の一人は、キリスト教者であり、山谷の炊き出しへ定期的に参加していた。いくつかの逸話を聞いていたはずだ。その際、様々な炊き出しを巧みに周到に掛け持ちするホームレスの強かさについて、恩師が苦笑交じりに話し、時にその態度を非難していた姿が何よりも記憶に残っている。そんな記憶を手繰り寄せながら読み進めたのが、『宗教の社会貢献を問い直す』であった。
 タイトル通り、本書は「宗教の社会貢献」という広く用いられ流通する概念の批判的検討から始まる。検討される点は主に二つ。第一に、宗教という語の曖昧性。日本では特定の宗教を持つ者がその宗教に属さない者とコラボレートすることもあれば、宗教団体が公的機関と協働して世俗的法人として活動するケースもあり、宗教という語の内実を曖昧にしたままでは、事態を把握することが難しい。第二に、社会貢献という用語の不明瞭さ。本書の例を用いるなら、野宿者に公園で炊き出しする時、野宿者にとっては有益だが、公園利用が妨げられる一般市民も存在するかもしれない――つまり特定の集団の益は、他の集団の不利益になることもあるのだ。こういう事例において、貢献という語を用いることは不適切となりえる。こうした吟味の上で、著者は「宗教と結びつきのある組織」=「FRO」(Faith‐Related Organization)という概念を提起する。定義されたFRO概念を元に様々な組織をモデル化してゆくのだが、本書が射程とするのは宗教と社会の動態的関係性の把握であり、そこは大きな魅力の一つと思われた(なお、「宗教の社会貢献」概念の批判的検討には学術的文脈を踏まえた大きな意義があるに違いない)。
 そして主な考察対象とされるのは、FROの具体的な「社会活動・福祉活動」であり、東京、大阪あいりん地域、沖縄の事例から探られる、支援現場の多様な実情である。個人的関心の強い箇所だけ言及してみるが、先の恩師が語ったような、ホームレスの強かな姿も確認することができる。本文中で挙げられているのは、あいりん地域で提供される複数の伝道集会をハシゴし、サービスを融通無碍に利用するホームレスたち。恩師は、軽薄とも取れる彼らの振る舞いを非難していたのだが、著者によれば彼らの振る舞いは、「特定の協会・組織とのかかわりを表層的な次元にとどめる実践」であり、「複数のアクターからのサポートを同時並行的に受けるための生活知」(p.85)と理解される。精妙な参与観察によって捉えられる現場の実情も、本書の魅力であろう。社会的弱者であり、支援される立場のホームレスたちであるが、ここで明らかになっている強かな対処の知は、安易な調査では把握できない種のものであるはずだ。
 しかし当然ながら、ホームレスと宗教の関係は一様ではありえない。他方では、宗教へと接近し、洗礼を受けたり入信したりもするホームレスたちの存在が言及されている。そこで明らかにされるものを粗雑に言えば、価値や意味を剥奪され喪失した生のなか、意味を見出そうとする人間の希求である。本書で一番魅力的に思われたことは、一見して不可視なものとされやすい宗教の働きが、人間の実存と共にリアリティをもって立ち現われてくる姿であった。
 おそらく本書は、読者の具体的関心に応じて様々な材料を提供する一冊であるはずだ。個人的には、一読して、恩師に会って、話を聞きたくなった。日本における宗教と社会、そして宗教と福祉の関係を。更に言えば、宗教と社会階層の問題についても。この書を携えていけば、質問し、議論できる気がしている。







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