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評者◆内堀弘
古本はこんなに面白い――矜持と含羞に溢れた遺著
No.3206 ・ 2015年05月09日




■某月某日。二月の末に童話作家の松谷みよ子さんが亡くなった。この人の父親松谷与二郎には『百年後の日本』(大正12年)という近未来小説があって、たまに古書展で目にする。二人が親子というのを私は知らなかった。父の本業は社会派の弁護士で、大正末年の虎ノ門事件(アナキスト難波大助が皇太子=後の昭和天皇を狙撃した)の弁護人も務めている。ということを、『古本はこんなに面白い』(中野智之・日本古書通信社刊)を読んで知った。
 四十頁ほどの、まるで抜き刷りのような冊子に三十二編の古書エッセイがある。どれも本当に勉強をしていて、それが嫌らしいものではない。八百屋さんが年月のうちに野菜を見る眼を持つように、古本屋という職業を通じて得た馥郁とした豊かさだ。同業なので、自分の怠惰がしみじみ悔やまれる。
 たとえば「くずし字」。明治以前の書物はこれが判らなければ読めない。夏目漱石や森鴎外の手紙もそうだ。当時の郵便屋さんはあの宛名を読んだのだから、それが普通の日本語だったのだ。彼は郵便屋さんのように読めて、私はお馬鹿なタレントのように読めない。「慣れだよ」と言われた。毎日、三十分でも見ていれば、だんだん読めるようになるよ、と。
 松谷与二郎の他に、函館戦争の榎本武揚の書簡、大名の借金の証文、漱石の肉筆の贋作などを取り上げる。大発見ではないけれど、なるほど、古本のそこここには「こんなに面白い」ことが潜んでいる。それを柔らかな文章にした。
 著者の中野智之さんは、神保町の中野書店の二代目。「佳い男は早く逝く」の典型のような好人物で、去年の暮れに六十歳で亡くなった。神保町が大好きで、彼はここを「奇蹟の街」と言った。奇蹟が見える眼を持ちたいと、そう願ったにちがいない。
 三月に東京古書会館で追悼会が開かれた。この冊子はそれに合わせて作られたもので、しばらくすると神保町の東京堂書店で週間ベストテンの七位に入った。ひっそりと遺された一冊に、古本屋の矜恃も含羞もしっかり刻まれている。ここはつくづく本の街だ。そういう本を決しておろそかにしない。







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