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評者◆前田和男
若きLGBT人権活動家・尾辻かな子の巻27
No.3205 ・ 2015年05月02日




■尾辻選挙の歴史的意義とは?

 当時の主要選対メンバーによる7年目の「総括」を前号より続ける。参加者は、元ゲイ雑誌編集者の後藤純一、新宿2丁目振興会会長(当時)の福島光生、同性愛関連書籍を数多く出しているポット出版の社長の沢辺均の3人である。
 ――本音ではどれぐらい集票できると思っていたか?
福島・後藤・沢辺 (異口同音に)いやあ少なくとも10万票はいくと思っていた。まさかたった3万8千とは思ってもみなかった。
 ――その理由をどう分析するか。
福島 これは皮肉なことだけれど、さきほど話があったようにマスコミが好意的で空中戦がうまくいきすぎたのよ。それでLGBTの仲間うちで、尾辻は大丈夫そうだから、入れなくてもいいやって。私の知り合いにゲイの歯医者さんがいて、その人は公明党の支持者なんだけど、こんなことになるなら、創価学会のゲイコミュニティに働きかけるんだったととても残念がっていたわ。
沢辺 たしかに皮肉だよね。俺たちノンケの支援者も、必死さがなかったもの。普通の選挙だと一人もう10票、いや
さらに30票とってこいと。選挙では危機バネというらしいけど、危ないといわれると必死になって当選できる。だからそれを逆手にとって、苦戦しています、あと一歩です、押し上げてくださいと街頭や電話でお願いする。これは保守も革新も関係ない選挙の常道。たとえば、2010年の参院選でJR総連の組織候補が民主党から出てバックに革マルがいるとマスコミからさんざん叩かれたけれど、かえって内部に危機バネが働いて見事当選しちゃった。
福島 その人を落としたかったら、マスコミをつかってほめて安心させればよかったわけね。
沢辺 それはジョークとしても、LGBTも一面では普通の生活者なわけよ。労働組合に所属していれば組合が推すこの人に入れてとか、ある宗教を信心しているのならそこが推す候補への投票を勧められる。同じLGBTの仲間だからと尾辻に投票するというのは、実はよほどのことだよ。生活者としての浮世のしがら
みを否定するわけだから。選対にはその自覚が足りなかったのかもしれない。それがマスコミの好意的な露出で一層ゆるんでしまったのかな。
 ――当のLGBTが安心して行かなかったとしたら、3万8千票の内訳はどうなのか。実はLGBTではなく面白がりやのノンケが入れたとか……。
後藤 それでも9割がたはLGBTの人たちだったと思う。さっき3人で確認したように、尾辻さんにシンパシーをもったLGBTの多くは、これだけマスコミに取り上げられているので大丈夫だと他へ投票したか、そもそも選挙に行かなかったと思うけど、少ないけれど行く人は行って尾辻かな子と書いたと。その証拠に鹿児島以外は突出して票が出たところがない。
沢辺 ノンケの俺もそう思う。この連載でも記されていたように(第25回)、鹿児島は尾辻一族の出身地で、俺も福島さんと一緒に同行して、そこで唯一の地上戦をしたけど、明らかに票に出た。でも鹿児島以外は、東京もふくめてどの都道府県の得票率も似たりよったり。つまり全国から薄く万遍なく集票したことが、純ちゃんのいうように、9割がたはLGBTの人たちだった証拠だと思うね。
 ――尾辻選挙の歴史的意義とは?
福島 毛布をはぎとられたら寒さはわかるのだけれど、そもそも私たちは毛布をもっていなかった。最初から毛布がなかったので、ないことの辛さや問題に気づかなかった。尾辻の選挙はそれを気づかせてくれたのよ。私たちには毛布がないんだって。毛布の形をみせてくれた。それがあったらどんなに暖かいのかって。
後藤 尾辻さんの選挙には、一人でクローゼットに籠っていた人が束の間そこから抜け出してたくさん応援に来てくれた。そして実感したんだと思う、LGBTであることを一人で悩んでいるのではなくて発言してもいいんだ、繋がれるんだ、と。尾辻さんが当選したらもう少し生きやすくなるかもしれないという漠然とした希望を彼ら彼女らに抱かせた。選挙には負けたけれど、その後のLGBT運動には大きな意義をもたらしたと思いますよ。たとえば尾辻選挙の翌年、NHK教育「ハートをつなごう」でLGBTを支援する特集が度々放送された。尾辻さん自身も何回か出演して、世間の認識が大きく変わりましたから。
福島 世の中に一石を投じたのよ、尾辻かな子は。それが8年かけてじわじわ広がって、NHKの番組もそうだけど、今話題の渋谷区の同性婚容認にもつながったんじゃないの。
 ――もう一度尾辻選挙をやる意義はあるか?
沢辺 LGBTの代表としてLGBTの利害のために選挙に出るというだけなら、もう意味はないと思う。LGBTによるLGBTのためのLGBTの選挙。もちろんそれをやっちゃいけないとはいわないけれど、俺はそれに噛む気はしない。それじゃあ、農協や医師会をバックにした自民党の古い業界団体選挙の焼き直しだもん。これは尾辻選挙の総括、反省にもつながるんだけど。自分は未解決のこれこれの政治課題に挑戦したい、それはLGBTが抱えている問題とも重なる。たまたま自分はLGBTなのでそれに取り組むのに向いている、というスタンスじゃないとね。
後藤 沢辺さんの総括と提案に僕も賛成です。欧米ではとっくの昔からそうです。
沢辺 うちで本も出したけど、元パリ市長のドラノエって、社会党の政治家ってのが基本で、その上に自分はゲイだってことでしょ。
福島 結果としては内向きになった反省はあるけど、尾辻選挙にもその萌芽はあったよね。そしてそれは尾辻以降の選挙や政治に生かされたと思う。たとえば(中野区議の)石坂わたる君や(世田谷区議の)上川あやさんらの活躍に。
後藤 石坂わたる君は尾辻選挙に関わり、参院選挙の前の4月にゲイであることカミングアウトして中野区議に出馬。一回目は落選したけど、次回の2011年の区議選では福祉政策を掲げて当選しましたものね。
沢辺 上川あやは、尾辻よりも前から、自分がトランスジェンダーであることを明らかにしながら、福祉や人権などにウィングを広げて連続当選を果たしているから、俺の言ったことの実践者だよね。
後藤 尾辻さんは落選してからも、介護福祉士の資格をとって介護の現場で仕事をしながら政治へファイティングポーズをとっている。その点からも沢辺さんのいうLGBT業界代表ではない可能性をもっている。あれで終わるのではなく、ドラノエみたいなスタンスだよね。
(本文敬称略)
(つづく)







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