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評者◆杉本真維子
不思議な国の5組
No.3205 ・ 2015年05月02日




■地元のテレビ局に、子ども時代の写真を数枚渡すことになって、本棚ですぐに目についたのは、卒業アルバム。濃紺の表紙に、かがやく銀色の太文字で「小学時代」とあり、裾花小学校、と空色の文字がつづく。ちょっと豪華なもの。
 懐かしい気持ちでめくっていて、今さらながら気づいたことがある。全部で5クラスあって、私は5組だったのだが、担任の西沢先生が考えたクラス紹介の一文が、かなり変わっているのだ。
 たとえば、「わからなさを大切に学習した3組」。「友を思う心のすばらしさを知った4組」。つづいて「不思議な国の5組」。え?
 その一文の上には、クラスの集合写真が載っていて、ほかのクラスは、ポプラ並木の前で整列していたり、グラウンドで体育座りをしている。いずれにしても、きれいに並んでいる。というより、並ばされている。
 ところが、5組は、川原の土手の芝生で、てんでんばらばらに、立ったり、座ったり、多くの子がピースサインをして、好きなようにポーズをとっている。なかには、踊っているような子もいる。それは私である。
 さらに、授業風景。ほかのクラスは、姿勢をただして椅子に座り、顔を上げ、まっすぐに前を向いている。先生の話に集中している、という、少し緊張した顔つきだ。
 ところが、5組は、みんな顔を下に向け、誰の顔もはっきりとは見えない。机も椅子も配置がばらばら。みんないっしんに図工の土焼きの壺と向き合い、自分の心を覗くように、中をじっと覗き込んだり、立ち上がって壺の底の感触を確かめたりしている。
 極めつきは、担任の先生の授業風景だ。ほかのクラスの先生は、片手に教科書を持ち、厳しい表情でびっしりと板書した黒板を指差している。その写真の選択に「熱心に授業をしています」という微かな主張が滲んでいた。
 記念写真とは普通はそういうものなのだろう。ところが、私の担任の先生は、手に教科書を持っていなかった。代わりに、土焼きの壺を両手で抱え上げて、先生のなかでただひとり、笑っていた。背後の黒板はまっしろ。文字一つ書かれていない。よく見ると、わざわざ消した形跡さえある。
 この対比って……。これってメッセージだよね。卒業アルバムに忍ばせた先生からのメッセージだよね、と、ひとり納得する。
 図工が専門の、たいへん人気のある先生だった。晴れた日は算数や理科を青空教室に変更し、学校裏の裾花川へ私たちを連れ出した。川で泳いだり、川原で土焼き、七宝焼き、いろんなものを作って、作るよろこび、というものを教えてくれた。卒業までの数ヶ月は、クロッキーに力を入れ、みんなでクラスメイト全員の顔を描いた。一対一で友達の顔と向き合い、うまいへたとは違う「線」があることを知った。あれは相手の心の深いところへ入っていくような、未知の感触だった。友達の顔を見つめることで、微かな心の揺れ、目に見えないものを想像することを、先生は教えたかったのだと思う。
 「いいなあ、5組」。そう言って、他のクラスの子からいつも羨ましがられていた。そんな不思議な国の5組。先生は若くして亡くなってしまったが、私に残したものの圧倒的な重量感は、先生の死という事実さえ撥ね飛ばし、私にとっては生きている、としか言いようがない。だから、メッセージを打ち返す。いまも楽しければ踊ります。並ばされたりなんかしません。いつも本気をだします。自由に生きます。詩を作っています。







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