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評者◆小嵐九八郎
対自然への広く深い洞察力――谷川雁著『不知火海への手紙』(本体一八〇〇円・アーツアンドクラフツ)
No.3204 ・ 2015年04月25日




■谷川雁という人がどういう詩、評論、活動をしたか詳らかには知らず、恥ずかしい。1960年の三井三池闘争と反安保闘争の中、筑豊炭田の中間で大正行動隊の牽引をなしたとは聞いているが、その頃、当方は高校生、1960年代後半に大学のある党派に属したけれど、新しい組織ゆえにか知性にかなり乏しいところで、先輩達は吉本隆明について教えても、谷川雁については語らなかった。でも、何となく、ヴ・ナロード、人民主義の中からみたいな匂いを持つ人という印象だった。
 それで、去年の大晦日に発行された谷川雁の、新聞・雑誌などに載ったが単行本に未収録の散文集『不知火海への手紙』(アーツアンドクラフツ)を、この3月初初しい気分で読んだ。ほとんどが1980~90年代の作である。しかし、メインは1985~1986年、故郷の南の熊本に向けて、当時住んでいた北の信越国境あたりの黒姫山の麓から発信し、地方紙に掲載された文である。若い人のために記せば、世界の普通の人人はもちろん、社会主義者・共産主義者も、まさか東ドイツのベルリンの壁が市民によって壊され、やがて大本のソ連までが崩壊してゆくなど夢にも思わなかった時代である。なお、谷川雁は、あの水俣病の水俣で出生している。
 当時の62、63歳の老人の目に鼻に皮膚に耳に、黒姫山の麓の生活、自然、人はどう入り、どう感じたか。あ、この人は天性の詩人だったのだと、文の響きとキレは須賀敦子といい勝負、キノコや山菜採り、鳥や獣の動きや声、大空の動きの文章は心地良さを越えて陶酔の気持ちへまで誘ってゆく。
 文の響きやキレばかりでなく、対自然への洞察力も広いし深い。マルクス主義の宿痾は、科学や工業の発展の輝きを無条件に信じてしまう近代主義にあると当方は考えるけど、谷川雁の眼は、未だに原子力の未来を信じていた時代に、既に、ここを見つめきっている。
 「マルクスと私 海に捨てた研究ノート」の短い文も、敗戦直前のマルクスへの焦がれが煮つまって記され、いろんな意味で泣いてしまった。俺みたいな無知な人間や若者のために、もう少し谷川雁の人生の軌跡を紹介して欲しかった本だけど。







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