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評者◆秋竜山
わからない暦、の巻
No.3203 ・ 2015年04月18日




■千葉望『日本人が忘れた季節になじむ旧暦の暮らし』(朝日新書、本体七二〇円)では、暦について誰も文句をいわないことを、あらためてしらされる。いや、文句をいうほうがどーかしているかもしれない。暦と季節のずれである。ずれていて当然、暦というものに季節を求めていないからか。旧暦といわれてもよくわからない。新暦についても、まったくわからない。つまりは、わからない暦の中で黙って生活しているといったほうがよいかもしれない。
 〈「新暦」と「旧暦」という言葉を耳にしていても、正確に意味をわかっている人は意外に少ないものです。「新暦」は明治五年(一八七二年)の改暦で取り入れられた太陽暦(グレゴリオ暦)のことです。〉(本書より)
 昔、子供時代、田舎での生活を思い出してみると、いかに封建時代の名ごりの中で生活していたのかよくわかる(もっとも、今になってみると、それがなつかしかったりもするものだ)。毎年、同じ季節がやってくる。その季節にさからうこともできない。と、いうことは、村人たちは季節に応じた村の行事にさからうことはできなかったのである。それが村での暮らしであった。村の役とも村仕事ともいった。よく定年退職したら知らない田舎へでもいって自然の中で畑でもつくって生活してみたい!! なんて、いう人がいたりする。そういう発想は、村における暦というものをしらないから、のんきにいえることである。村での暦というものの存在は、村人として認められるか、よそ者あつかいであるかによって違ってくる。まずは、よそ者あつかいだろう。もっとも、昔からくらべると、そんな時代も終わったような、終わらないような。年寄りばかりの村になってしまったのだから、田舎の運命やいかにである。あと十年もしたら日本中がそんな田舎になってしまって一巻の終わりということだ。
 〈一九九九年まで、新暦一月十五日は「成人式」で国民の祝日と決まっていました。ところが、休日を増やすハッピーマンデー政策の結果、毎年日付が定まらないことになってしまったのです。(略)旧暦一月十五日は一年で最初の十五夜であり、満月となります。子供たちは円い月の下でどんと焼きを楽しんだし、この日を前後元服する武士の子供も多かったといわれます。(略)一月十五日が成人の日となったのは、その歴史を踏まえているのです。休日を増やして経済効果を上げることだけを考えていると、大切な謂れが失われてしまうと、私は危惧しています。〉(本書より)
 たしかに、一月十五日という昔からの日がなくなってどこかへいってしまった。毎年、一月十五日さがしをしなければならない。「今年の一月十五日はいつなのか?」と、正月には同じようなことで暦とにらめっこするわけだ。昔、よかった。一月十五日が一月十五日であったからだ。まったく、わけがわからなくなってしまった。今年はいったい成人式はいつなのか。成人をむかえる若者はそんな中で人生のスタートを切らなければならないのである。何年かするうちになれてくるだろう!! なんて、いってられないぞ。そーこーしている内に、成人式なんてなくなってしまうかもしれない。







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