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評者◆久禮亮太(元・あゆみBOOKS小石川店)
生きることの根源的な喜びを発見
リズムの本質について
ルートヴィヒ・クラーゲス著、平澤伸一・吉増克實訳
うぶすな書院
No.3202 ・ 2015年04月11日




■クラーゲスは、19世紀末から20世紀前半を生きたドイツの思想家です。ニーチェの影響を受け、ロマン主義的な生命の哲学を探求しました。本書はたしかに難解です。彼の思想を哲学の系譜に位置付けること、その現象学を正確に解釈することなどは、私には手に負えませんので脇へ置きましょう。
 それでも、ここには私たちが日常をよりよく生きるための知恵や、人間による造作物に囲まれた都市生活の閉塞感を脱して、生きることの根源的な喜びを発見するヒントがあると、一読して感じ取ることができます。
 クラーゲスは、生命現象の全般をリズムであり、「人間もまた生きている性情としてはリズムの一部である」と考えました。そしてメトロノームのように機械的に繰り返されるものを拍子と呼び、「拍子は人間の作業」であり、「楽曲のメトロノームに正確に従う演奏、杓子定規に韻律に従って朗読される詩、分列行進」などは「喩えて言えば心情をもたない死んだもの」としました。その「機械的運動はリズムを抹殺する」とも。
 一方で、「満ち潮と引き潮、受け取ることと手放すこと、出会うことと別れることという人生の免れがたい交代についてあらゆるリズム的な脈打ち」こそが「何よりも人間の生命を映し出す深い感動」をもたらすと言います。
 狭い自分の思考の枠組み(精神)を乗り越えて肉体をリズムに委ねる過程に「私とはだれか」という実存の問いの答えを求める試みは、ある種の身体論として力強さがあります。
 解剖学者の三木成夫はクラーゲスの影響のもと、独自の生命観を提示しました。彼は胎児の解剖を通して、生命進化の悠久なるリズムを発見しました。受精卵から嬰児への成長過程は、原始的な生物から魚類や両生類、哺乳類への進化の過程を再現しているのです。『胎児の世界』(中公新書)を読むと、かつて胎児だった私の身体がまさに生命の歴史を体現していたという力強い感動を覚えます。
 リズムは、空間性をも支配しています。建築物のリズムや筆跡のリズム、あるいは樹皮の模様のリズムや木の葉の葉脈のリズムを挙げて、「現象の時間性のリズム的分節化は……常に同時に現象の空間性のリズム的分節化であり、逆もまた同じである」と、静的な物質の世界にもリズムと拍子のせめぎ合う世界を見てとります。
 ここで思い出すのは『建築家なしの建築』(B・ルドフスキー/鹿島出版会)です。岩壁をくりぬき、泥を塗り固め、樹木や布を組み合わせた「土着的」な建築の数々。設計図によらず、住む人々自身の手で、自然環境と生き方のせめぎ合いのもたらすリズムそのものとして作り上げられます。それらは、私たちの商品化された都市生活を痛烈に批判するように思えます。
 最後の数ページにわたり、クラーゲスは畳み掛けるようにリズムという生命の本質に触れる喜びを称揚します。
 「抑制的感情からの解放……ある種の抑制が脱落することが、リズムを生み出す……人間にとっては……精神が生命の拍動を狭く抑制している枠が一時的に取り払われることを意味する」
 「生命は個体にただ「貸し与えられている」だけである……つまり心情の一部になることによって個体生命は自分の肉体的なここといまという境界を打ち破り、つかの間生命の世界と融合する力を与えられる」
 「リズムの意味のもっとも基底的な根拠は、現実時間の拍動する歩みにあるのである。したがって個体心情がリズムの中で振動すると、たとえどんなに短い瞬間であろうとも、生起の双極を結合しているものつまり過ぎ去りと生成とを結合する永遠と一つになるのである」
 この一連のクライマックスを、マシン・ビートと人間のグルーヴがせめぎ合い渦を巻くダンス・フロアで踊りまくり恍惚の境地を見たクラブ・ピープルが、朝を迎えたその帰路に読んだら、これは聖書なのか? と感きわまるかもしれません。
 リズムの本質を探求することを拠り所に人間社会の辛い現実を生き抜くという観点では、『ブラック・マシン・ミュージック』(野田努/河出書房新社)を思い出します。デトロイト・テクノの成立過程とアメリカのマイノリティ社会を重ねて論じた名著です。







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