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評者◆志村有弘
豊かな構想の時代小説、人の世の哀しみを綴る文学――貧しくも誠実に生きる板木彫師を描く本興寺更の名人芸「彫師」(『文芸中部』)、仇討に一生を捧げた男を視点とする佐多玲の「仇討禁止令」(『渤海』)、牛島富美二の相思相愛の若者の心中譚「翻案 秋色柳落葉―賀美郡柳沢心中事件―」(『仙台文学』)
No.3202 ・ 2015年04月11日




■構想のよく練られた、読み応えのある時代小説、そして人の世の哀しさの滲み出る作品が目に付いた。
 本興寺更の「彫師」(文芸中部第98号)は名人芸を示す時代小説。貧しいながら誠実に板木を彫り続ける彫師米吉のもとに、徒弟仲間であった与七が貸本屋を始めるので金を貸してほしいと言ってきた。おりしも本物をばらして板下にして彫る偽板(重板)が出た。板元の角丸屋が重版の黒幕は与七らしいと言ってきたが、偶然、米吉の子が与七から草双紙を貰い、その絵彫りを見た米吉は偽版の製作者が与七でないことを確信する。米吉の妻おつねの風貌もよく描かれており、戯作者曲亭の言動も作品に潤いを与えている。
 佐多玲の「仇討禁止令」(渤海第69号)は、作者の鋭い着想を感じる作品。地主の次男の健次郎は、惨殺された父と兄の仇を討つべく諸国放浪の途次、故郷から下手人が捕縛されたとの便り。首謀者源蔵は直接手を出していないので流罪となり、やがて、源蔵は減刑・放免となった。仇討禁止令が出された今、源蔵を殺せば死罪。健次郎は源蔵ともみあううち、刀を自分の胸に刺して「これで源造は死罪、わしはこいつに刺された」と言って死んでゆく。初めの段階で源蔵が殺人者だと予想され、また、同題の菊池寛の作品を想起するが、最後まで飽きさせない筆力を称えたい。
 牛島富美二の「翻案 秋色柳落葉―賀美郡柳沢心中事件―」(仙台文学第85号)は、結婚して間もない女(おのへ)と婿入りが決まっている男(兵助)との心中事件。おのへの父の夢に戦いで死んだ先祖が「自分の遺骸を田の中から救い出さねば、刃で死ぬ者が出る」と語ったという話が作品の伏線。その夢の通り、おのへは愛する兵助の刃で死んでゆき、兵助も割腹して果てる。おのへの母の優しさも悲哀感を強めている。読ませる作品である。
 萩田峰旭の「火の煙」(R&W第17号)は物語性に富む一種の伝奇小説。「はるか昔の物語」という。主人公は三鈷杵に精霊を宿す秘儀に励む綬延。綬延は狒々と戦った末に死後は地獄に堕ちるのだが、三鈷杵に自らの命を犠牲にして大きな力を込めた鹿乃、綬延に人間らしさを与えた雪芽。二人の女人のけなげで崇高な姿が美しい。
 舩津弘繁の「八俣の大蛇―現代誤訳我流古事記―」(猿第75号)は、八俣の大蛇退治に至るまでのスサノヲの心の推移を綴る。クシナダやその両親の心も詳細に綴られ、スサノオの凄絶な戦闘描写も斬新。ムラ人たちは強い酒を造り、クシナダの父親も槍を振るって大蛇に立ち向かう。『古事記』を根底にしながら、そこに舩津は登場人物の心裡に独自の解釈を加えている。「現代誤訳」(語訳ではない)・「我流」という副題も痛快だ。
 現代小説では、源つぐみの「古井戸」(函館文学学校作品2015)が、ミステリー仕立ての作品。気に入った中古の家を見つけた妻が、突然、行方不明となった。最後に示される妻の悲劇。妻はその中古の家の古井戸に落ちていた。しかも、古井戸は家を購入した人がコンクリートで埋めてしまう。もはや、妻の遺体は発見されそうもない。売却する家の老人の姿も不気味だ。一寸先は闇という恐ろしさを感じさせる。
 夏当紀子の「波間」(飢餓祭第40号)は、「わたし」(五十七歳)が交通刑務所にいる息子と面会したところから始まる。刑務所からの帰途、フェリーの中で、戦争に行き捕虜となっていたという老人と出会う。その老人は捕虜生活から戻ったとき、焼け跡にトタン小屋を建てて住んでいた母がいつまでも自分の背中を撫でてくれた感触が忘れられないと語った。自分の兄や姉に負けまいと、息子に受験を頑張らせた「わたし」の悔いが綴られる。最後に、大阪にフェリーが着いた後、老人が海に落ちて死んでいたことを新聞で知る。こうした人生もあるだろう。やりきれない作品。
 やりきれない、ということでは、「現代短歌」(第三巻第三号)が、筑豊炭坑の歌人・山本詞(昭和五年~三十七年)の歌と生涯を紹介している。「落盤に埋れて死にし今日の坑夫空弁当をひとつ残して」・「この疲れ語りたき妻など吾になし坑出でて驟雨に打たせ洗ふ半裸を」という哀切極まりない歌。黒瀬珂瀾と松井義弘の山本についての解説も貴重。そして視力障害であるのか苅谷君代の「握手するやうに白杖持つ右手「よろしく」なんてつぶやいてみる」(塔第721号)、阪神・淡路大震災を念頭に正田益嗣の「病院のベッドに伏して助けてと妻が叫びゐし声いまも耳を離れず」(新アララギ第206号)も、やりきれない哀しさ・寂寥を感じる。しかし、それでも人は生き抜くべきだ。
 詩では奥西まゆみの「久坂葉子のいた神戸」(驅動第74号)が、久坂葉子の人生と作品を踏まえて、「あなたは/今日、ふたたび/うまれた。」と綴る。葉子は没後長い歳月が流れたのに、研究や小説、詩等の対象とされ続ける夭折の詩人・小説家。
 「歌と観照」第952号が和田親子、「黄色い潜水艦」第61号が太田順三、「詩と眞實」第788号が金子靖、「綱手」第320号が田井安曇、「塔」第721号が二上令信・初子夫妻の追悼号(含訃報)。衷心よりご冥福をお祈りしたい。
(文芸評論家)

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