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評者◆殿島三紀
80年代、サッチャー政権、炭坑は名作映画のお約束――マシュー・ウォーチャス監督『パレードへようこそ』
No.3201 ・ 2015年04月04日




■『パプーシャの黒い瞳』『パレードへようこそ』を観た。
 『パプーシャの黒い瞳』はポーランド映画。監督は『ニキフォル 知られざる天才画家の肖像』(2004)のクシシュトフ・クラウゼと妻ヨアンナ・コス=クラウゼ。夫クシシュトフは昨年末61歳で亡くなり、本作が遺作となった。書き文字を持たないジプシーの一族に生まれながら言葉や文字に心魅かれ、ジプシー初の詩人となったブロニスワヴァ・ヴァイス(1910~1987)。愛称パプーシャ(「人形」の意)の物語である。モノクロの画像が美しい。「文字を持たない一部族に生まれた詩人」という撞着に満ちた実在の女性詩人パプーシャの吸引力は強い。岩波ホールで4月4日(土)より公開。
 今回紹介するのは『パレードへようこそ』。イギリス映画である。マシュー・ウォーチャス監督作品。80年代サッチャー政権下の炭坑労働者が登場する。イギリスが舞台、鉄の女サッチャー、そして炭坑労働者とくれば――そう、あの名作『リトル・ダンサー』(2000、スティーヴン・ダルドリー監督)や『ブラス!』(1996、マーク・ハーマン監督)である。この時代、この舞台、この設定はなぜか傑作が多い。本作もそうだ。ところが、この映画にはさらにおまけがある。ゲイのグループが炭坑労働者のストを支援した、というのだ。そして、これが実話なのだから、まさに80年代の英国は映画にとっての宝の山である。
 「ゆりかごから墓場まで」の福祉国家から「イギリス病」、「老大国」と揶揄されるまでに転落したこの国にサッチャー首相が登場したのが1979年。イギリスを立て直すためには、国や組合に依存しない強い個人が必要だと考えたマーガレット・サッチャー女史。彼女は組合最大規模の炭坑労働者組合を潰しにかかる。84年3月には20の炭坑の閉山が発表され、炭坑労働者たちのストライキが始まった。
 そこになぜゲイが絡むのか。なぜなら、サッチャー首相は伝統的なイギリス社会の秩序と価値観が失われるという理由でゲイたちを毛嫌いしていたからなのだ。実際88年には「セクション28」という法案を作り、同性愛者を認める風潮に警鐘を鳴らしている。
 つまり、敵の敵は味方、という次第でゲイたちが立ち上がった。もともとサッチャーに猛反発していたゲイだが、その中に、自分たちのように迫害されている炭坑労働者のストライキに強く共感した若者がいた。それがこの映画の主人公である。彼は労働者とその家族を支援するため、仲間たちに声をかけ募金活動を始めた。だが、集まったお金を寄付しようと炭坑労働組合に電話をかけても「炭坑夫支援レズ&ゲイ会」と名乗るだけで断られてしまう。それが手違いからウェールズの炭坑が寄付を受け付けることになって……。
 今では同性婚すら認められている(昨年のことだが)ウェールズだが、当時は同性愛禁止法が改定されてから時間も経っていない。まだまだ偏見が根強く残る時代だった。まして、閉鎖的で封建的な田舎の炭坑町。そんなところにド派手なファッションで大都会ロンドンからゲイやレズがやってきたのだから大変。
 着眼点が面白い。というか、実際にあったことだというから事実は小説よりも飛びぬけている。最初はおそるおそる遠巻きに見ていた町民たちが、次第にロンドンからやってきた若者たちに心を許していく様子が楽しい。闘う炭坑労働者や偏見をはねのけ権利を主張し始めた同性愛者たち、英国の不況を背景にしたちょっと毛色の変わった社会派映画と思いきや、封建的な炭坑労働者をしかりつけるおばちゃんたちが大活躍。ちょっとエッチで図々しくはあるが、ゲイたちを偏見なく受け入れていく。ラストも感動的。やはり、サッチャー、炭坑、80年代は傑作映画のキーワードである。
(フリーライター)

※『パレードへようこそ』は、4月4日(土)より、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開。







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