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評者◆伊藤昌亮
ネット右翼とは何か――集合行為フレームの成り立ちをめぐって
No.3200 ・ 2015年03月28日




■在特会の存在を広く世に知らしめることとなった書籍が『ネットと愛国』と題されていたことからも窺われるように、昨今の日本の排外主義運動とネットとの結び付きは強い。その点を端的に表しているのが「ネット右翼」なる語だろう。ネット上で保守的・右翼的な言動を攻撃的に繰り広げる匿名の人々を指す語だ。
 ではネット右翼とは誰だろうか。どのような人々が実際にそうした言動を繰り広げているのだろうか。この問いに答えるためにこれまでさまざまな憶測や邪推がなされ、いくつかの調査が行われてきた。しかしそこから一貫した答えが得られたとは言い難い。
 多くの言説によれば、ネット右翼を構成しているのはいわゆる「負け組」の人々であるとされる。低学歴・低収入の者、社会的にも経済的にも下層に属する者が多く、フリーター、ニート、引きこもりなどの若者も多いという。一方でいくつかの調査によれば、ネット右翼をこうした底辺イメージに結び付けて語るのは決定的に誤りである。実際にはむしろ高学歴・高収入の者、中間層の中でも比較的裕福で、社会的地位の高い層に属する者が多いとされる。
 「ネット右翼とは誰か」という問い、運動参加者の実態を推定するというアプローチからはこのように、必ずしも一貫した答えが得られたとは言い難い。結局、そこにはどこまで行っても解消されない矛盾があり、不整合がある。
 だとしたら、そうした矛盾や不整合を本質的に含み込むものとしてのネット右翼という概念を、われわれはここであらためて問い直してみるべきなのではないだろうか。つまり「誰か」ではなく「何か」、「ネット右翼とは何か」をあらためて問うことである。そこではネット右翼を実体的な運動参加者としてよりも、むしろ構成的な運動言説、より正確に言えば「集合行為フレーム」として捉え、その成り立ちを記述するというアプローチが取られることとなる。
 スノウらによれば集合行為フレームとは、「生活世界や全体世界の中の出来事を個人が位置付けたりラベル付けしたりできるようにするための解釈図式」である。昨今の排外主義運動のケースに当てはめてみれば次のようになるだろう。人々は身のまわりの出来事やニュースで知った出来事を捉える際、「嫌韓」なり「在日特権」なりという図式に当てはめて解釈することによってそれらの出来事を自分たちの意識の中に位置付け、ラベル付けする。そうした枠組み(フレーム)の中でそれぞれの出来事を、そして世界を捉えようとする構えに共鳴した者が集合行為に参与し、運動に参加する。
 ネット上ではさまざまな出来事をきっかけに、いわゆる「炎上」が起きることがよくある。その際、特に保守的・右翼的な言動が攻撃的に繰り広げられることが多い。そうしてなされるネット右翼的な言動は、炎上の際の半ば定番的な物言いとして、いわゆる「テンプレート化」されている嫌いがある。その際、そこではこうした集合行為フレーム、いわば「ネット右翼フレーム」が強力に立ち働き、その枠組みの中で出来事を捉えようとする者たちによる集合行為が形成されていると言えるだろう。
 ではこのフレーム、ネット右翼フレームはどのようにして成立し、定着し、広がってきたのだろうか。その源泉には、特に二〇〇〇年頃から興隆してきた二つの思想、そしてそれらを体現する場としての二つの言説空間が深く関与していると考えられる。一つは反マスメディア思想であり、特にそれを体現する言説空間としての2ちゃんねる文化である。もう一つは歴史修正主義であり、それを体現する言説空間としての新保守論壇である。なおこの新保守論壇は、いわゆる「行動する保守」のほか、マンガやムックなどの表現に拠って展開されるサブカルチャー保守、経済や金融などの話題に添って展開されるビジネス保守、さらにブロゴスフィアを拠点として展開されるブログ保守など、いくつかの下位言説空間から構成される複合的な言説空間として成り立ってきた。
 これら二つの思想、そして二つの言説空間が関係し、交流し、反応し合う中から構築されてきたものがネット右翼フレームである。その結果、それは多面的な性格を持つに至った。その特徴を一点だけ指摘しておこう。そこでは特に2ちゃんねる文化に固有の反権威主義的な構え、いわゆる「非リア充」的で本質的にオルタナティブ志向の構えと、「行動する保守」や、特にビジネス保守に固有の権威主義的な構え、いわゆる「リア充」的で本質的にオーソドックス志向の構えという、正反対の志向性を持つ二つの構えが結託している。その結果それは、どちらの陣営からも親近感を感じやすく、アクセスしやすい構造となっている(その反面、どちらの陣営からも決定的なブレーキを効かせにくい構造となっている)。
 一見荒唐無稽な妄言にしか見えないようなネット右翼フレームであるが、しかしその成り立ちを紐解いていくと、実はさまざまな経緯を経て複雑に織り上げられてきた精巧な運動言説であることがわかる。昨今の排外主義運動の背後にある構造を深く探るためには、そうした言説を単なる妄言として片付けてしまうのではなく、その成り立ちにあらためて目を向けてみる必要があるのではないだろうか。
(愛知淑徳大学)







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