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評者◆殿島三紀
老人、マラソン、夫婦愛。ふわりと暖かい独映画――監督 キリアン・リートホーフ『陽だまりハウスでマラソンを』
No.3199 ・ 2015年03月21日




■『パリよ、永遠に』を観た。シリル・ジェリーの戯曲「Diplomatie」をフォルカー・シュレンドルフ監督が映画化。ギュンター・グラス原作『ブリキの太鼓』でドイツ人監督として初のカンヌ国際映画祭パルムドール、アカデミー賞外国語映画賞に輝いた監督だ。『ハンナ・アーレント』のマルガレーテ・フォン・トロッタ監督の夫君でもある。
 第二次世界大戦末期、ナチス・ドイツ占領下のパリ。自暴自棄のヒトラーは戦略的には何の意味もないパリ壊滅作戦を実行しようとしていた。そう。あの『パリは燃えているか』のエピソードである。中立国スウェーデンのパリ駐在大使ノルドリンクとナチス・ドイツ将校コルティッツの丁々発止の一夜の駆け引きを息をもつかせぬ展開で描いた。名優、名監督あっての名作である。
 また、『駈込み女と駆出し男』の完成報告会見にも行った。会見には原田眞人監督、主役の大泉洋、樹木希林、満島ひかり、戸田恵梨香、内山理名が出席。
 井上ひさしが晩年の11年をかけて書いた時代小説「東慶寺花だより」が原案。昨年は歌舞伎座の新春大歌舞伎で上演された話題作の映画化。監督初の時代劇だ。前作『わが母の記』にも出演した樹木希林が「情人や縁切りは別にして、小学生が観てもためになる映画だわね」とシニカルに座を盛り上げていた。
 さて、今回ご紹介するのは『陽だまりハウスでマラソンを』。1956年メルボルン・オリンピックで西独出身のパウル・アヴァホフがマラソンに優勝。それは戦後の苦しい日々を送るドイツ国民を沸かせた大快挙だった。しかし、それから半世紀近くを経た今、パウルもすっかりおじいさん。選手人生を支えてくれた愛妻マーゴとのんびり年金生活を送っているという設定だ。そんなパウルがベルリン・マラソンに出場。老人ホームでの年寄り扱いに我慢できなかったから、なのだそうだ。
 最近、老人映画が多いのは観客層の高齢化を反映しているのか。元気な老人を描いて高齢者を発奮させ、医療費を抑えようというのか。しかし、本作はただ元気いっぱいの体育会系おじいさんに拍手喝采というだけの映画ではない。日本と同じく高齢化社会のドイツでも(日本の場合は超高齢社会ということだが)高齢者問題や介護事情に関心が高いのでそのあたりはしっかり盛り込まれている。
 どこにでも見かけるドイツ人旅行者。年金があってこそ世界中を旅したドイツ人も歳をとれば老人ホームに入居する。そんな人たちにお歌や工作はない。自分の身内に老人ホーム入居者がいたら「そう、そう。これはない」と頷きたくなるシーン満載のドイツ映画だ。
 うつ状態の高齢男性が妻から「あなたが走らないなら離婚します」と一喝され、マラソンに挑戦したという記事から着想を得たというキリアン・リートホーフ監督。「人が人生の最終章に足を踏み入れた時、どう生きるか」をテーマにした脚本に取り組んだ。そして構想なんと11年。完成したのが本作だ。
 パウルを演じたディーター・ハラーフォルデンはドイツでは大人気の喜劇俳優だが、実際のベルリン・マラソンコースを彼が走っているのに気づいた観客から自然に大きなウェーブが起きたという。元気な老人が登場する映画だが、もちろんそれだけではない。若い頃から「ふたりは風と海」といいながら生きてきたパウルとマーゴ夫妻。水と油の夫婦は大勢いても、風と海の夫婦は珍しい。風と海も、水と油同様、決して混じることのない存在だが、風は波を起こし、波は風に勢いを与える。人生の大半を共に過ごしながら良い影響を与えあう夫婦ということか。なかなか良いものだ。老人、マラソン、夫婦愛。盛りだくさんの映画である。
(フリーライター)

※『陽だまりハウスでマラソンを』は、3月21日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開。







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