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評者◆たかとう匡子
激動の時代に、詩人たちはどうしたか――かぎりなく詩に近いエッセイ(12人の「わが内なる梶井基次郎」『カプリチオ』)、日本の戦後の現実を書いたことによって孤立した石原吉郎(郷原宏「石原吉郎、岸辺のない海」『長帽子』)
No.3199 ・ 2015年03月21日




■「カプリチオ」第42号(二都文学の会)は「はたして『檸檬』は――爆発したか? それぞれの梶井基次郎」を特集し、「わが内なる梶井基次郎」と題して十二人のエッセイを掲載しており、面白く読んだ。かぎりなく詩に近い散文ともいえる。当時、詩のモダニズムも溶かし込んだところもある梶井の文体が珍しがられたということもあるが、こういった文体が成り立った時代としての面白さもあるだろう。私自身、詩を書く立場からすれば、『檸檬』は作者が詩だといえば詩だ。大正末期から昭和の初めは経済不況も手伝って時代の行き詰まり感が強まり、一方では方法的には文学は多様さも深まっていった時代だが、梶井基次郎のばあいには独特な内向的な世界を展開した。そこに食い込んでいる特集として興味深かった。地味ではあるが正面から同人誌がとりあげた特集として貴重だ。
 「全作家」第96号(全作家協会)も「掌編小説特集」を組んでおり、こちらも読みごたえがあった。みずきゆう「扉を開けて」は夫があと三年で退職というとき、妻に痴呆の異変がおきる。退職したら夫婦で楽しく旅行でもしたいと思っていたのに、いつのまにか家の扉が錆び付いて開かなくなっている。そこを〈扉を開けて〉と比喩的に上手く使っての佳品。ここでは一編のみの紹介になったが、見開き二ページの掌編小説四十五編はすべて力作揃いでいい特集になっている。
 「長帽子」第76号(長帽子の会)の郷原宏「石原吉郎、岸辺のない海」は石原吉郎が戦後戦犯として抑留されたラーゲリ体験と日本に帰還してからの戦後時間が比較されていて、引きずられて読んだ。想像的現実と本当の現実とは違って当たり前だが、シベリア体験を通過した石原の詩から現在を通過したというより、現実を写し取ったそこに逆に石原があった、ということは、石原吉郎はラーゲリ体験を書いたのではなく、日本の戦後の現実を書いたことによって孤立していく。生活社会からの孤立を体験したときにシベリアが浮き上がってきた。だから詩であれエッセイであれ、自分から語るしかなかった。生活体験を思想体験に変えていったとき、谷川俊太郎や鮎川信夫など石原吉郎より当時の若かった選者にも受け入れられていった。なかなか説得力があり読み込ませてくれた。
 「風土」第14号(風土社)猪野睦「満州時代の詩人たち――満州崩壊のなかで」は「満州時代の詩人たちの引揚げ後の日々は、多くの引揚者同様過酷であった。家族をかかえ居住地をさがし職をさがし、物資欠乏、食糧不足ななかで再生への途をさぐり、詩もかきついだ」として、満州崩壊のなかでそこにいた詩人たちはどうしたか、そして彼らの満州時代の詩とは何であったかを問いかける。紙面の都合で多くは書けないが、そういう問題をもう一度しっかり書いておきたいというのは、ことし戦後70年の節目だからこそあるのではないか。大事だと思う。
 「異土」第10号(文学表現と思想の会)は雑誌そのものも三五〇頁を超える分厚いものでさすがにベテランたちが集まっていて圧倒されるが、ここでは田崎勝子の評論「堀田善衞 上海、一九四五~四六年」を紹介しておきたい。「堀田善衞は、上海において歴史が大きく動いていく動乱の中に身を置き、その目撃者となった」と言っているとおり、日本の戦後文学は敗戦後中国にいた人たちや武田泰淳をもつことによって、いっそうの深みを増した。当時、長く上海は各国の吹き溜まりのような様相を呈しており、世界の情勢が乱れとんでいた。堀田善衞が敗戦後すぐに帰ってこないでそこにちゃんととどまり、東洋から日本を見るという体験をして書いた作家だということは貴重だし、そこを丹念に論じていて好感をもった。ついでながら松山愼介「戦争と戦後の丸山眞男」も私は多くの示唆を得た。
 「ペガーダ」第15号(アニマの会)川瀬健一「『ふるさと』を失うということについて――自伝的考察」は「ふるさとを失うという言葉が世間にあふれたのは、東日本大震災とその直後の福島第一原発事故であった」として、自分自身も父親も転勤族であったことから家系のルーツを克明に綴る。そして自分の体験から「災害後に移り住んだ場所であらたなふるさとづくりに励んだり、戻ることが可能な場所では、新たな街づくりに精を出すことが必要」と言う。なかなかの力作だが、移り住むということは新しい居場所をつくるということで、日本人が「ふるさと」というとき、そこにはひと味違うふるさとという観念自体がもっとふかくあるのではないか。生命を生むところ、母なる大地というように、「ふるさと」とは共同幻想で、日本のばあいはとくに自然と結びついている。移り住むことでそう簡単にふるさと再生がなるかどうか、ちょっと私には疑問も残った。
 「北狄」第369号(北狄社)笹田隆志「鎌先温泉」は定年後の同窓会であちこちの温泉に行くが、なかには自律神経失調症になったり、体が思うようにうごかなくなったり、物が言えなくなり無言のままでも参加するという人もある。そして「また来年お会いしましょう」と一年に一度会うのを楽しみにしているという。そんな定年族の感情の機微が、高齢化することによって生じるテーマとともに上手く描かれていて、しみじみとした思いを持った。
 「水晶群」第68号(水晶群同人会)西芳寺静枝「朱いタチアオイ」は家庭経済小説。共働きの夫婦が二十年間喧嘩ひとつせず仲良く暮らしてきた。夫婦はそれぞれの銀行口座を持ち分離して生計をたて、それ以上に干渉もせずやってきたのに、次男の大学の入学金を払う段になって、その積み立てていたお金が夫によって引き出されていたという事件が明るみに出て、夫婦仲が破綻していく話。構想力もゆたかで小説としてはよくまとまっているが、普通の家庭では常識的にはやはり経済は一本。なぜ経済を別々に持ってきたかを問いつめなくてはなるまい。そうしてこそ離婚は切実になる。そこを曖昧にしたままでの結末はいささか通俗的で惜しい。
(詩人)







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