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評者◆久禮亮太(元・あゆみBOOKS小石川店)
私たちの政治意識を足元から問い直す実践の書
「立入禁止」をゆく――都市の足下・頭上に広がる未開地
ブラッドリー・L・ギャレット、東郷えりか訳
No.3198 ・ 2015年03月14日




■超高層ビルの屋上の縁ギリギリから命綱もつけず身を乗り出す。十九世紀の姿をそのまま留める暗黒の下水道をヘッドライト一つを頼りに潜っていく。脇を列車が疾走していく地下鉄トンネル内を、閉鎖された駅に潜入しようとひたすら歩く。本書には、そんな恐怖と冒険心を掻き立てる光景が、当事者のみに許された迫真の言葉と、数多くの色鮮やかな写真で示されています。私たちが日頃、その真っ只中に暮らしているのに目にすることができない、あるいは目の前にあるのに気にも留めず見過ごしている都市構造物が、まるで別世界のようなスペクタクルに姿を変えてそこにあります。
 都市探検家あるいはプレイス・ハッカーと呼ばれる、アドレナリン・ジャンキーで無法者たちのスリルにあふれた胸躍る悪行の数々を伝えてくれます。はじめは廃墟に忍び込むという、比較的無害な遊びでした。それが徐々に、都市の真っ只中で警察を向こうに回して、高層ビルや下水道、地下鉄への侵入へとエスカレートしていきます。本書は、第一に彼らの探検を伝える冒険ストーリーであり、また、都市から都市へ渡り歩く彼らを追ったロード・ムービーのような趣もあります。
 しかし、本書を特別なものにする第二の側面があります。辺境から都市に帰ってきた若き文化人類学者という著者は、その特殊な立場から都市探検家たちの冒険を克明に観察し、彼自身も参加し、その過程を独自に考察しました。彼はハッカーたちの純粋な楽しみを、都市の解放運動と解釈し、実際にそこへと方向付けました。豊かさや安全と引き換えに資本や権力によって管理し尽くされた退屈な都市を、私たちが充実して生きる場所として取り戻し創造的に遊び尽くす運動、文字通り身体運動を呼びかける実践の書として、本書は私たちの政治意識を足元から問い直すのです。
 著者はその思想の依拠するところとして、まずギー・ドゥボールの名前を挙げています。フランスの詩人で映画作家、社会主義思想家である彼は、主著『スペクタクルの社会』において、大量消費社会の現代を厳しく批判します。高度な情報資本主義は都市生活の全てを商品とし、生活者たちを従順な消費者にとどめおくために、私たちを剥き出しの現実から遠ざけ、メディアのもたらす「スペクタクル(見世物)」に目を奪わせているというものです。
 このスペクタクルに覆われた都市に隙間を見つけて押し入り、心躍る充実感にあふれた都市探検を自らの手で創造しようというのが、著者の考えなのです。また、探検の真実を伝えるべく彼らが公開する写真やウェブ動画はスペクタクルを超えて耳目を集め、私たちの行動を喚起する「アンチ=スペクタクル(反見世物)」なのです。本書もまた、同じ意味において啓蒙の書となっています。
 都市探検家と同じく、都市の表層に隙間を見つけ、独自の現実を再発見する人々が他にもいます。スケート・ボードやパルクールで建築の使途を発明する人々。凹凸地形散歩や暗渠探索で都市成立以前の古層を剥き出しにする「アースダイバー」たち。坂口恭平は「0円ハウス」研究で独創的な住まいのあり方を示し、赤瀬川原平は「超芸術トマソン」で都市の有用/無用の観点を揺さぶりました。彼らもまた、日頃私たちの目から逸らされている都市構造の多様なアフォーダンスや多層のレイヤーを一気に可視化させ、私たちに消費社会の見世物の向こう側に気付けと促すのです。
 さて、本屋は都市の真っ只中にあって、見世物に覆われた表層の裂け目となるような役割を果たせるでしょうか。これを私の課題としたいと思います。







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