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評者◆山本明広(BOOKアマノ有玉店)
真剣勝負に挑む生き様こそが胸を打つ
VTJ前夜の中井祐樹
増田俊也
No.3197 ・ 2015年03月07日




■男たる者、強くなりたいと思ったり強い男に憧れたりしたことが一度はあるだろう。かくいう私も小学生の頃に柔道を始めたことをきっかけに格闘技に興味を持ち、プロレスや総合格闘技を熱心に見るようになった。当時プロレスではドーム興行に六万人以上の観衆が集まり、それに続く総合格闘技ブームで、大晦日に民放各局がこぞって総合格闘技の大会を生中継するという時代だったが、今回紹介する『VTJ前夜の中井祐樹』はその狭間、まだ陽の目を見る前の総合格闘技・シューティングに参戦した中井祐樹の戦いを追った一冊だ。
 「木村の前に木村なく、木村の後に木村なし」と讃えられた柔道家・木村政彦の人生に迫った『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』で第四十三回大宅賞、第十一回新潮ドキュメント賞を受賞し、高専柔道の流れを汲む七帝柔道に励む北海道大学柔道部員たちの汗と血と涙の青春を描いた自伝的小説『七帝柔道記』が第四回山田風太郎賞最終候補にノミネートされた増田俊也の、最新刊である今作は、実は過去二作につながっている。中井祐樹は北大柔道部出身、著者の三期後輩にあたるのだ。
 高校時代にレスリングを学んだ中井は北大入学後、極真空手を学ぶつもりだったが、ちらっと覗いた七帝柔道の寝技の多彩さに魅了され柔道部に入部する。白帯から始めた中井はぐんぐん力をつけ、二年目にはレギュラー入り、三年目にはインカレでベスト十六、四年目には七帝戦で京大の十一連覇を阻み団体優勝を飾ると、大学を中退してシューティングのジムに入門する。
 その頃、アメリカで行われた何でもありの格闘技大会、第一回UFCでホイス・グレイシーが優勝し、グレイシー柔術の名を一気に世界に轟かせる。翌年の第二回大会でホイスが連覇を果たすと、シューティングは主催大会「バーリトゥード・ジャパン・オープン」へ、ホイスに「僕より十倍強い」と言わしめる兄のヒクソンを招聘。その大会でヒクソンは優勝したが、日本勢は彼と戦うことすら叶わず、翌年の大会出場者として中井に白羽の矢が立つ。
 当時マスコミに大きく取り上げられたわけでもなかったこの大会、中井の戦いこそが、その後の日本における格闘技ブームの先駆けとなったのだ。
 その中井の初戦の相手は空手家ジェラルド・ゴルドー。反則も辞さないラフファイトを身上とする一方で、第一回UFCでは準優勝という実力者、身長で二十八センチ、体重で二十九キロも大きい相手だった。
 第一ラウンド、クリンチの最中にレフェリーの死角を突いて、ゴルドーの指が中井の右眼を抉る。この反則攻撃で右眼の視力を失った中井だったが、その後もゴルドーの打撃を受け続けながら決してあきらめなかった。その裏には、若くして亡くした柔道時代の親友とライバルの存在、そしてシューティングという真剣勝負、本当の強さを世間に知らしめるという思いがあったのだった。
 本書には他に、強くなるために一つの技を究めることだけを考え、八年かけて磨きに磨いた背負い投げでついに平成の三四郎・古賀稔彦を破ったものの、五輪代表になれなかった堀越英範の生きざまを描いた「超二流と呼ばれた柔道家」や、これまでの作品執筆の裏話を綴りながら、真剣勝負、生と死、戦いに生きる男たちへの想いを描いた「死者たちとの夜」、そして著者と北大柔道部の先輩であり医師で僧侶でもある和泉唯信氏との対談を収録。取り上げられた人々は必ずしも勝者であったわけではなく、派手さはないが、だからこそ格闘技に興味がある人だけでなく、そうでない人にもこの熱い男たちの生き様を味わっていただきたいと思わせてくれる。







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