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評者◆清都正明(東京堂書店神田神保町店)
怪奇文学は重い書物を背負いて行く道の如し
怪奇文学大山脈 全3巻
荒俣宏編纂
No.3196 ・ 2015年02月28日




■私は常にある不安を抱えながら書店で業務をしている。それは、「如何にあるべき場所にその本を配置するか?」という強迫観念である。先達から頂戴した警句でもあるが、棚を作るという職務上、探しやすさを念頭に、限られたスペースの中で売れる本とそうでない本を天秤にかけながら棚構成を試みる。が、要は本が売れず出版社在庫が品切れになるスピードが年々早まるジャンル構成難の中で、それでも世の情報速度に並走しつつ同時に発信しなければならないリアル書店としては、拡散・霧散していく知的遺産を如何に現実の棚で体系的に編集・提示できるかが問われるところだと思う。所謂永遠のテーマであって、地道な研鑽しかあり得ないが、現在の自分は全くの暗中模索。棚前に立つ読者の眼差しに教えを乞う日々である。しかしだからこそ、ここで立ち返りたい。一生かけても実現しえない大事業を前に、「徒労」の危険を畏れず立ち向かえるかという基本的な問いに。
 本作「怪奇文学大山脈 全3巻」の編著者荒俣宏氏は、言わずと知れたこの分野の第一人者であるが、有形・無形の膨大な資料を追い求めながらライフワークの急峻な山並みを遂に登ってみせた。全3巻を通じて、保存版のまえがき・作品解説と未邦訳を含む作品群がほぼ時系列に構成され、怪奇小説の失われた黄金時代への憧憬から始まり、幻想文学的モダニズム、世紀末パリ発祥のグラン・ギニョルや、雑誌メディアに彩られ世界中に拡散することとなった怪奇文学全体の測量を試みながら、その精神的カオスの受容史を照らし出してみせる。
 私自身は発作的に、この世の果てを具現する「ダンセイニ書店」、闇の中で本を探す「ラスコー書店」などを夢想する程度の怪奇・幻想のファンであるが、そんな感傷を抜きにして、荒俣氏においては本作を怪奇文学の仕事の総決算と位置付け、読者にその尽きせぬ永遠の魅力を伝道せんとする。その熱量に驚嘆は勿論、感動させられるのは、西洋怪奇文学を日本に紹介した先駆者である恩師平井呈一への敬愛が本研究の出発点であり、その膨大な一大事業に対する持続の核心であることが明示されている。
 日本では60、70年代からのブームの到来により、数多の怪奇全集・アンソロジーの類が出現と消滅を繰り返しており、現在もなお根強いファンがいるものの、翻訳研究の分野に活気を見出すのが困難な中、ここまで精緻な先行作品の蒐集に裏付けされ編纂されたアンソロジーがあったかどうか。文学史においては怪奇・幻想文学の役割が精神分析にとって代わり、超自然が侵入すべき現実そのものが超自然化したことでそれらの衰退が示唆されること(ツヴェタン・トドロフ)があるが、「ミネルヴァの梟は黄昏に飛び立つ」とはよく言ったもの。ブームの退潮後の現在、本作にて開示される文学史の闇に蠢き読まれるべき時代を前に胎動を続けてきた小説群と、それらにメディアとして生命を与えてきた編纂者たちの「種」の歴史がここに保存されたことの価値は極めて大きい。
 本作と併せて同じく東京創元社刊「怪樹の腕 〈ウィアード・テールズ〉戦前邦訳傑作選」や、沖積舎刊「こわい話気味のわるい話 全3巻」平井呈一編もお薦めしたい。眠れない夜があなたを待っている。







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