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評者◆秋竜山
ソーセキの草枕の名調子、の巻
No.3196 ・ 2015年02月28日




■加藤重広『日本人も悩む日本語――ことばの誤用はなぜ生まれるのか?』(朝日新書、本体七八〇円)の中、
 〈「流れに棹さす」と聞いて、舟を操る船頭の動きを思い浮かべる人は少数派だろう。〉(本書より)
 そういう時代なのか。船頭が「流れに棹さす」なんて、見たくても見ることができないだろう。船頭そのものがいないんだから。それでも、私はなつかしかった。それというのは船頭というより、「棹」そのものにあった。
 〈山路を登りながら、こう考えた」のあとに、「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」と続くのは、夏目漱石の「草枕」の冒頭部である。この中の「情に棹さす」とはどういう意味だろうか。もともとこういう言い回しがあるわけがなく、「流れに棹さす」という成句をもじってつくった表現である。〉(本書より)
 この名調子の文章は小説は読んだことも聞いたこともないにしても、この名調子は誰でも知っていても不思議はなかろう。アゴまで湯につかり、うなってもみたくなってくる。トラゾウの清水次郎長ばりである(古いなァ)。古いとか新しいとかの問題ではない。いいものはいい。うなりたいものはうなりたいのである。トラゾウのローキョクの名調子である。♪旅ゆけば、スルガの道に茶の香り、名所コセキが人を呼ぶ、名だいなるかなフジの山……とか一番いいとこの一節である。まったく♪智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば流される……かつて、銭湯、風呂屋というものがあった。すいている時間帯に年寄りなんかが、しぶい声でやっていたものであった。トラゾウの次郎長伝をうなっているのは耳にしたことがあったが、ソーセキの草枕の名調子は聞いたことがなかった。いつか温泉にでもいったらやってみたいものである。私の棹さす経験は遠いはるか昔の漁師のまねごとをしていた頃、棹を持ったぐらいの経験であるから、へっぴり腰の漁師であったし、その当時お世話になった漁師たちも年老いてみんな死んでいってしまった。死の世界へ棹さしていってしまったようなことを想像すると泣けてくる。
 〈文化庁の調査の結果は、日本人の三分の二以上が「流れに棹さす」を「流れに逆らう」のような逆の意味に理解していることを示している。(略)「流れに対して働きかける動作だから流れを止めようとする」のだろうと考え、「流れのように動きあるものに、棹といった細長いものをさす」のだから「動きを止める行為」だと推論することになる。〉(本書より)
 私が棹さすというまねごとは、海であったから、舟のろをこぐことによって舟をあやつるわけだ。沖に出てからは棹さすという動作はなかった。それでも他の舟にぶつかりそうになった時などは、お互いに棹さしてぶつかりあうのをとめたものだ。沖合いに出て棹をつかうということはめったになかった。そんなことよりも沖に出て、棹を流してしまったこと。あの時のことは今でも忘れられない。私の責任上、遠くに流れている棹をひろいに、寒中の寒い海に飛び込んで、棹をやっとの思いでひろった。これこそが本当の意味での情に棹させば流される、だろう。今になって思うことは、あの時、棹の一本や二本流してやればよかったのだ。当時、漁師は棹の一本は命であるみたいなことをいっていた。なつかしくもバカらしい話としか思えない。







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