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評者◆内堀弘
昭和三十年代の古本屋風景――『五十嵐日記』(笠間書院)に映るもの
No.3192 ・ 2015年01月31日




■某月某日。私は昭和29年生まれなので、記憶の底は昭和33~34年だろうか。その頃の東京郊外の生活は質素なもので、家にあった電化製品もせいぜい電球とラジオぐらいしか思い出せない。つくづくそれから半世紀の変化はすさまじい。
 『五十嵐日記 古書店の原風景――古書店員の昭和へ』(笠間書院)が昨年の秋に出た。五十嵐智さんは、早稲田の古書店・五十嵐書店のご主人。昭和28年に山形から上京すると神保町の古書店南海堂で住み込みの店員になる。それは珍しいことではないが、五十嵐青年は店員時代の十年間、ずっと日記をつけ、それを残していた。
 これを読んでいると、まるで市井の人が撮影した古い8ミリフィルムを見ているようだった。いや、特別な日が写っているのではない。普段の時間が音もなく写っている。記録ではなく、人の記憶に入っていくようだ。
 それにしても、古本屋の景気は今よりよほどいい。店はよく売れて、閉店後に空いた棚を補充するのも大変だ。雑事を済ませると零時を過ぎることもある。公務員の月給が一万円に届かない時代に、図書館から三十万の金額指定注文(この範囲で見繕って納品する。今では到底考えられないことだが)が入る。入店三年目の店員が品物あつめにかけずり回るのだ。書物は、教養や娯楽や情報の中心にいた。
 古本屋は職人のようなところがあって、場数を重ねることで出来上がっていく。ヨーロッパでは、たとえば靴職人にはそれに添った服装が生まれ、パン職人にはパン職人のそれがあると読んだことがある。活気に溢れる古本の世界で五十嵐青年は場数だらけだ。神保町から荻窪へ仕入れに行くのに自転車で二往復。この頃はどこに行くのも自転車だ。その自転車に本を積む仕草も、それをこぐ姿も、その服装も、日記を読むうちに、だんだんと古本屋になっていく。それを私は美しいと思った。
 今年も、一月末の「銀座古書の市」(銀座松屋)に五十嵐書店も参加している。仕事の多くは二代目が継いでいるが、智さんは健在で、いまでも売り場に立つ。売り場に立つのがいかにも嬉しそうだ。その笑顔が、この本に載っている昭和三十年代のそれと、驚くほど変わらない。







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