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評者◆堀田義太郎
キャンパス・ヘイトスピーチ規制と「観点中立性」(2)――平等理念と表現
No.3191 ・ 2015年01月24日




■前回(3189号=2015年1月10日号)、米国の大学におけるヘイトスピーチ規制に関して、擁護論を展開するアルトマンの議論の一つ目の論点を紹介した。それは、規制の対象範囲を、表現の目的(罵りや攻撃など)によって絞るべきだ、という指摘だった。
 今回は第二の点を見ていきたい。アルトマンによれば、表現の目的に加えて、その標的が「マイノリティ」であることが二つ目の条件である。同じ表現でも、とくにマイノリティを標的にした表現に限定することで、曖昧さと濫用の危険性を避けることができる。しかし他方、マイノリティに限定することに対しては批判がある。大学の規制に対する裁判でも指摘されたように、表現規制は、内容と観点に関する「中立性」を備えるべきだというリベラルな原理に、それが抵触しうるからである。
 この点について、アルトマンは「表現的害」という語を用いて次のように論じている。それによれば、「表現的害」は因果的な害とは区別して評価される。「白人至上主義国家を!」といったスローガンやある特定の図柄の旗を掲げることは、たしかに心理的苦痛をもたらしうる。ただ、心理的な苦痛だけでは規制の根拠にならないと思われる。それに対して、このような表現の害悪を評価するためには、それが個々人に与える心理的な害とは別に、人種差別やジェノサイドなどの歴史的社会的な背景を踏まえて考えるべきである。たとえ個々の場面で個人が被る害が規制を正当化するに至らないとしても、特定の表現の害悪は文脈に応じて加重される。
 アルトマンによれば、キャンパス・スピーチコードは、米国でM・L・キング牧師の誕生記念日が人種平等に対するコミットメントを象徴し表現するのと同じく、平等に対するコミットメントの表現であり、非‐中立的であるとしても正当化されうる。またキャンパス・ヘイトスピーチは、ある人が黒人従業員のいる職場に「Fuck Niggers」と書かれた上着を着て現れるという(仮想の)事例に近い。米国でも、たとえばヴェトナム戦争反対という主張を罵り言葉を用いて行うことは保護されるが、人種的マイノリティを罵倒するスローガンを職場で掲げることは、「平等な雇用機会」を保障する原理に基づいて正当に禁止されうるからである。アルトマンはキャンパスでの人種などに基づく侮蔑や罵り言葉は、これと同じく「平等な教育機会の侵害」であると述べる。
 「表現的害」という言葉は少し分かりにくいが、これらの例が示すのは、差別と不平等の歴史的社会的な文脈がある場合、ある表現に対する非‐中立的な評価は、むしろリベラルにとってもう一つの重要な価値である平等の理念によって支持されるということだろう。
 この論点は、さらにハラスメントとの違いを通して論じられている。アルトマンによれば、ハラスメントは、個人が被る因果的な害によって観点中立的に認定される。キャンパス・ハラスメントにとって重要な点は、ある言動が、ある個人の大学生活での利益を享受する機会を実質的に妨害したかどうかである。たとえば、ある人が「政治的立場」について罵倒されたとして、それをハラスメントとして認定するためには、その発言が当人の諸活動を実質的に妨害したかどうか(繰り返されていたか否かなど)が問われる。他方、たとえば有色人種に対する人種差別的な暴言は、一回でもヘイトスピーチとして規制されうるし、当人の諸活動に対する妨害の程度は問われない。また、人種などに基づくマイノリティに対する攻撃的で差別的な暴言などについては、特定の個人ではなく集団に対するものでも、歴史的文脈に応じてスピーチポリシーの対象になりうる。
 アルトマンは、ハラスメント規制はマイノリティや女性の権利を保護するのに十分ではないと述べているが、詳しく論じていないので少し敷衍しておこう。とくにセクシュアル・ハラスメント規制は、女性の権利を保護する重要な手段だと考えられるからである。たしかに、規制が運用される場面では、同じ言動でも、その対象者が女性である場合のほうがハラスメントなる条件は緩いだろう(たとえば「繰り返し」は不要など)。ハラスメント規制にも運用面では非中立的な解釈を許容する。ただ、アルトマンの区別に従えば、ハラスメントそれ自体は不利益や害などに基づいて、被害者の性別や人種等には中立的に定義される。他方、ヘイトスピーチは定義そのものにマジョリティ/マイノリティ関係が含まれており、特定の個人に対する実質的な害とは別の要素が加味されるところが異なると言える。
 以上、アルトマンの議論の概要を紹介してきた。私たちもキャンパス・ヘイトスピーチ対策の必要性を痛感しつつ、その具体的な方法については模索中である。その際、米国の状況と議論は大いに参考になる。とくに、歴史的社会的な文脈はヘイトスピーチを考える上で非常に重要な点である。
 もちろん、大切なことは、単に規則を作るだけでなく、各大学や教育機関がポリシーとして明確に反差別を掲げて、様々な局面で学内外に向けてその価値を擁護する姿勢を積極的に示し続けることだろう。残念ながらそのための機会は増えており、またそうした理念の正しさには疑いがなく、それを公示することの象徴的かつ表現的な意義は大きいからである。
(哲学・倫理学/東京理科大学理工学部・講師)







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