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評者◆久禮亮太(あゆみBOOKS小石川店)
様々な職業人の心に響く普遍的なプロフェッショナル論
医者は現場でどう考えるか
ジェローム・グループマン著、美沢惠子訳
No.3190 ・ 2015年01月17日




■2011年の刊行以来、毎月3冊安定して売れ続け、ついに110冊に達した当店の隠れたロング・セラーをご紹介します。
 医師たちは問診の場で、救急の現場で、手術室で、どのように正しい判断あるいは誤った判断を下すのか。医療もまた効率を求めるビジネスと化していくなかで、医師は患者ひとりひとりに寄り添えているのか。患者は医師をどう見ているのか。患者の訴えや振る舞いは医師の行動にどんな影響を与えているのか。本書は、がんや血液疾患、エイズを専門とするハーバード大学教授が、同業の医師たちやその患者に丹念に取材したエッセイです。
 様々な職業人の心に響く普遍的なプロフェッショナル論であり、将来患者になるすべての人にとって医師と良い関係を築くための手引書でもあります。なにより、迫真の医療ドラマとして読ませるところが、一番の魅力です。
 「医学は基本的に不確実な科学である。医師は誰でも診断と治療を間違えることがある。しかし、どうやってよりよく思考できるかを理解すれば、間違いの頻度と重度を軽減することは可能だ」
 著者はこのように本書の目標を掲げます。彼は、自身が指導する「頭のいい」研修医たちが最新の診断ガイドラインやアルゴリズム、治験の統計データに精通してはいるものの、目の前の患者のニーズや価値観を把握して正しく判断することが出来ないと語ります。研修医だけでなくほとんどの医師に「認識エラー」は起こっている。誤診の原因は、技術的ミスではなく8割がこの「思考法の欠陥によるもの」だと問題を提起します。高度に専門的な知識や技術、ビッグ・データにとらわれるあまり、かえって自分の狭い思考の枠に患者を当てはめてしまう。心理バイアスの罠に気付けない。現場で実際に起きたいくつものエピソードを紹介し、心理学や行動経済学の知見を引用して、誤診の構造を明らかにしていきます。そして誤診を回避するためには、「直感」と「対話」、「感情のバランス」こそが重要だと説きます。患者とのコミュニケーションに立ち戻れと。
 そこで、著者はある事例を引きます。15年にわたって30人近い医師たちに心因性の過敏性腸症候群だとレッテルを貼り続けられ、改善しない摂食障害で死にかけた女性アン。彼女を最後に救った医師ファルチャクは、前任の担当医たちが見落とした意外な、しかし単純なある盲点を発見しました。診察履歴や彼女がやっかいな神経症患者という思い込みにとらわれず、虚心に「私はあなたの物語を聞きたい、あなた自身の言葉で」と問うことで、患者の自由な発言を誘導しました。医師はその言葉に神経を注ぎ、熱心に聞くことで両者の信頼は増し、信頼はさらに自由な発言を促します。
 臨床における「直感」とは「長年の実践を積み、何千もの患者の物語を聞くこと、そして何よりも、自分の間違いを忘れないことによって研ぎ澄まされる高度な感覚」と、著者は定義します。また、優れた臨床医を特徴付けるのは「言語と感情に対する感受性」であり、それこそが「医学の技(アート)」であるとも言います。
 一方、著者は病院経営者たちを批判します。
 「今日の医療現場においては時間が最大の贅沢である。医学を天職としてではなくビジネスとして考える人たちは、医療を分刻みに分割し、ケアの効率を上げることを要求してくる。医師の診察室は流れ作業の組み立て工場ではない。医療を流れ作業にしてしまうと、確実に医師と患者との間のコミュニケーションが阻害され、医療ミスが増え、その信頼関係が破綻する」
 医師を取り巻く環境が悪化したときにこそ、彼らにとって最良のパートナーは患者とその家族、友人であると締めくくっています。
 「彼らに心を開けば、自分の思考の範囲と限界をより明解に認識し、患者の身体的問題およびその心が求めているものを理解できるようになる。そうすることで、思いやり(ケア)を必要とする人たちに私は最善の治療(ケア)を提供できるのである」
 私にはもう最初から最後まで、書店の現場が置かれた状況のことを語っているとしか思えなくなっています。







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