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評者◆高橋宏幸
抽象化という政治的な身振り――ダニー・ユン実験劇場「觀天」Contempt2014(@BankART Studio NYK )
No.3189 ・ 2015年01月10日




■ダニー・ユン。彼の名は、香港の実験演劇シーンを牽引し続ける存在として、世界的に知られている。八〇年代末から九〇年代にかけては、日本での公演の機会も多かった。その後しばらく期間はあいたが、ここ数年はパフォーマンス、ダンス、美術の展覧会などを手がける横浜の「BankART 1929」が、彼の公演やワークショップを積極的に催している。
 今回は、東アジアの美術作家たちに焦点を絞った『東アジアの夢』という企画展の一環で、『觀点』という作品が上演された。この作品には、彼が手がけるプロジェクトである、伝統と実験という製作の方法が含まれている。それは、昆劇という京劇よりもさらに古い中国の伝統演劇を演じる俳優たちを使って、現代の舞台として上演することだ。日本にたとえるならば、能と現代演劇の関係にパラフレーズできるだろうか。実際、数年前には演出家の佐藤信との共同企画で、能と現代演劇と昆劇の俳優たちを集めて、異なった身体性を一つの舞台に置いて上演する試みをした。
 『觀点』も、八人ほどの昆劇俳優たちの訓練を経た身体が、現代演劇の空間に置かれる。そして、俳優だけでなく、演出の手法としても、そこではあらゆるものが抽象化される。形式化と言ってもいいが、具象的な要素を抜き、シンプルなフォームへとすべてが還元されるのだ。むろん、この言葉だけを捉えると、それは特異な方法とは言えない。
 そもそも古典芸能のもつ形式化された動き自体が、そのような要素をもっている。俳優の身振りは、形式化された演技として、意味を指し示していく。それは能も昆劇も同じだ。ブレヒトが京劇の影響を受けて構築した身振り的言語そのものと言っていい。
 ただ、この舞台の特異なことは、それに呼応するように、物語や空間全てが抽象化される。全体からみればわずかなシーンに過ぎないが、中国語で話される数少ない台詞は、(日本語訳されたチラシが手元に渡される)シンプルな詩のようなテキストだ。内容も、モノローグで、彼と彼女が恋愛をする関係を個人と国家の関係に変換する。相思相愛の関係は、国家と個人の間には成り立たない。個人が国家を愛そうとも、国家は個人を愛さない。あくまで一方的な関係に過ぎないことが述べられる。アフォリズムとでも言えるような、詩のようなモノローグが連鎖して、抽象性をました台詞へ仕上がっていく。
 舞台空間としての現れも同様だ。ほぼ地明かりの空間で、最初は一つの机に二つの椅子があり、シンメトリーの構図が保たれている。だが、そこから俳優たちがそれらを移動したり、場所を変えたりしてさまざまな動きや行為をする間に、それは徐々に崩される。その「一つのテーブル、二つの椅子」は、見ようによっては現在の香港の一国二制度を想起することもできる。
 むろん、徹底的に抽象度を高くすることは、現れとしてそのような具象的な要素を考えることは難しくなる。しかし、それは同時にシンプルであるからこそ、いったん異化された後の視点を得てしまえば、それこそすべてがポリティカルな空間を映す舞台へと変容する。
 国家と個人の関係を述べた台詞の間に挟まれる、国家は個人を愛さないが、党を愛している、という台詞の一節がある。そして、党は国家を愛さないが、芸術を愛するだけ、と言う。それ以上の言葉はなにもないが、それぞれが一方的な関係しか結ばないことだけは示唆される。他にも、ある俳優が赤い本をもってぐるぐるとあたりを歩く。ただ、それだけであったはずなのに、それはむろん、赤本である『毛沢東語録』をめぐるシーンに映る。
 これらは、抽象的であるからこそ政治性を帯びる。社会主義リアリズムにいたる前史、歴史的には中途で潰えた、もしくは転化したロシア・アヴァンギャルドがもった抽象性と政治への希求と同質と言える。その意味では、これはアヴァンギャルド芸術としての王道を歩む方法を踏襲している。実際、かつてからダニー・ユンは、メディア・アート的な作品を含めて、デコレーションではなく、抽象化という要素を手放さなかった。ミニマル・アートのような抽象性もまた、ある地点をこえると政治性と接続する。それは、一瞬見ただけではわからなくとも、現在の香港の置かれた状況を感じざるを得ない。
 この企画展「東アジアの夢」にも関係するだろうが、いくつもの現代美術の作品もまた、それが圧倒的に物語らないものであるからこそ、その抽象性は、現在のアジアの政治性に結合すると言っていい。







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