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評者◆志村有弘
舞台で役者に演じさせたい大森康宏の名人芸の作品(「殯」『八月の群れ』)首斬人山田浅右衛門を描く大原正義の歴史時代小説の力作(「最後の斬首 山田浅右衛門吉亮遺文抄」『日曜作家』)
No.3189 ・ 2015年01月10日




■大原正義の歴史時代小説「最後の斬首 山田浅右衛門吉亮遺文抄」(日曜作家第8号)が力作。山田家は刀剣の利鈍を試す将軍家御試御用を勤め、罪人の斬首も行う。父は吉田松陰や橋本左内を斬し、九代目の吉亮は三百人ほどの斬首を行ったが、その中には雲井竜雄や夜嵐おきぬがいた。最後に斬したのは、高橋お伝。お伝を父を捨てて弟子と出奔した後妻とし、斬する瞬間、吉亮は「母上、御免」と口にする。歴史時代小説と称したのは、歴史上の人物を登場させながら、相当の創作・虚構を加えているからである。着想が面白く、最後に示す資料の示し方も巧み。
 大森康宏の「殯」(八月の群れ第59号)が、名人芸の作品。主要舞台は母の葬儀が行われる大晦日。その間に主人公慎介とその兄清次の過去・現在が記される。四人の女とその子たちと別れ、親から勘当された清次。慎介は会社の課長の地位にいるものの、五十歳を目前にしてまだ独り身。母は最後まで清次を許すことなく逝った。しかし、清次は別れた妻子にそれなりのことをしており、今はフグ料理屋を内縁の妻と営んでいる。死後に明かされる母の真意。小塚ッ原近くの泪橋、投げ込み寺浄閑寺なども一舞台。劇場で芝居として観たい気がする。
 山下濶子の「それでも明日は来る」(九州文學第550号)は、石段から突き落とされた女性の悲劇と医師への不信感を綴る。「それでも明日は来る。頑張って生きよう」と思う。「想定外の連続が人生だ」という言葉が印象的だ。ほぼ事実を書いたと目され、文章も無駄がなく、一個の完成した作品を作り得ている。
 中嶋英二の「岩井野平野一帯」(文芸復興第29号)は、豊かな構想力を示す。東京に住む「私」が、郷里の〈北海道岩井野平野にある田尻町〉に帰省した。田尻町を開いた田尻平三郎の思いを追跡し、一方で郷土資料館学芸員の佳世や施設にいる叔父との交流が記される。狷介な性格と思っていた叔父が、「私」に対して温和な姿勢を示し出す。心の故郷とは何か、血縁者との交流の大切さが教えられる。雨竜川・深川・秩父別・空知太など実在の川や地名が見えるので、空知平野の沼田・滝川・砂川近郊を念頭に置いて書いたものであろうか。
 石塚邦男の「野を翔る声」(コブタン第38号)は、北海道を舞台とする青春文学。主人公三枝亨(画家)に好意を寄せる牧場主遠藤の娘(実は親子の血が繋がっていない)由紀子。牧場で働く笠原は由紀子と結婚することを願い、遠藤も笠原と由紀子が結婚することを望んでいる。作品は火事を契機として、遠藤一家が結束するところで終わる。酪農の地を買収して大規模な工業用地とする計画と地元民の反対運動も示される。青春文学という呼称は、あるいは作者の意図と相違しているかも知れないが、清潔な亨、一途な由紀子、温和で沈着な遠藤……など登場人物も魅力があり、長編に仕立てることができる作品だ。
 鈴木和子の「山寄りの墓地」(朝第34号)は、「私」の祖母の姿を描く。「私」の両親が若くして他界したあと、祖母は田畑を作り、鶏を飼い、蓑を編んで、「私」を含めた三人の幼子を養育した。祖母は「祈りだけで平和なんて来っこない」と「祈ってくる」と教会へ通い、百二歳まで生きた。表題の墓とは鎌倉にある祖母の墓。懸命に孫を育てる祖母の生きざまが、虚飾のない素直な文章で記されていて心地好い。
 井口佐代子の「棺の中の天女」(だりん第62号)は、病に苦しみながら、微笑みをたやさず、美しいままにこの世を去った友に語りかける内容。「私」の思いが詩的な文体で展開する佳作の掌篇。
 粒来哲蔵の「重衡」(二人第308号)は、奈良炎上の罪科により木津川畔で斬首された平重衡とその妻を幻想的に描く。詩とも掌篇とも受け取れる、推敲を凝らした作品。
 詩では田澤ちよこの「お金を貸してください」(舟第157号)が、心に残る。ごみの回収所で挨拶する女から「お金を貸してください」と言われ、聞いた金額の少なさに驚く。金を差し出すと、風が女の麦藁帽子を吹き飛ばし、女は亡夫の名と金額を記した紙切れを残して「風のように走り去った」という内容。舞台の一場面を観るような印象。逼迫した人生を歩む女性の姿が物悲しい。
 短歌では、天沼義雄の「哀歌」と題し、「畑の葱抱える仕草はまぼろしの子を抱くごと妻戻り来る」(綱手第317号)が哀しく、前川博の「青い鳥抄(二)」と題する「帰りなんいざ田園は蕪れはてて目高も小鮒も人間もゐない」(蓮第2号)が深い絶望感。
 俳句では、西村青夏の「原
爆忌」と題する「生かされて生きて今あり原爆忌」(耕第321号)に苦衷の歴史。
 詩誌「詩霊」が創刊された。同人諸氏の健筆を期待したい。「街道」第24号が米田和夫、「九州文學」第550号が海帆洋三、「新アララギ」第203号が永井皐太郎、「塔」第718号が増田美幸、「文芸復興」第29号が松元眞、「別冊關學文藝」第49号が大谷晃一、「流域」第75号が松原秀一の追悼号(含訃報)。ご冥福をお祈りしたい。
(相模女子大学名誉教授)







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