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評者◆清都正明(東京堂書店神田神保町店)
白きドグラ・マグラか?
定本荒巻義雄メタSF全集 第3巻 白き日旅立てば不死
荒巻義雄
No.3188 ・ 2015年01月01日
■北海道は小樽に生を享けた戦後SF第1世代作家、荒巻義雄の代表的処女長編「白き日旅立てば不死」は1972年、早川書房からハードカバーで刊行された。そこから幾度の再刊を経たが、近年入手困難な状況になっていた。しかしこの度、彩流社の手によって「定本荒巻義雄メタSF全集」第1回配本として転生、日本SF史上の特異点、今後さらなる再評価が期待される氏の初期スペキュレイティブ・フィクションの全貌が今、全7巻の全集として我々の前に姿を現した。
私自身、今年8月頃から彩流社営業担当氏より創業35周年記念企画として刊行案内を頂いており、また寿郎社刊『北の想像力――《北海道文学》と《北海道SF》をめぐる思索の旅』において言及されている、荒巻氏のSF作家としての異能的イメージ(詩人が書くSF、カウンターカルチャーとしてのSF、物語る脳etc)に触れていたこともあり、本全集刊行を待ちわびていた一人だ。 無限の過去から無限の未来へと流れゆく時間の中で人間は、個人は「記憶」、人類は「歴史」を積み重ねながら「現在」を拡張していく儚い一瞬の存在だ。しかし本作に通底する時間感覚は連続性を拒んでいるかのよう。断片的に想起される心象風景が話中で断続的に挿入・反復されていく。物語の発端から終局へと至る円環的相貌から、私は読後、「ドグラ・マグラ」を想起した。 本作「白き日旅立てば不死」は、主人公の精神が世界の複数性と非連続性の中で遍歴を続けていく思弁小説であり、主人公の欠落していた記憶・過去が結末に向けて明らかになるにつれ、自明のものだった筈の世界が音を立てて加速度的に崩れ去ってゆく。主人公白樹が日本を捨て、ヨーロッパという「彼方」においてギャンブルで生計を立てるいわばアウトサイダーとしての生を送りつつ、高校時代の同級生「加能純子」、ファム・ファタール「ソフィー」の実体と影を追い求めながら、この世ならざる異次元の世界に迷い込みその虜となってゆくのだが、白樹が放浪しているゆえ、場面ごとのロケーションが、本作で象徴的に取り扱われるルーレットのごとく目まぐるしく変化していく(巻末に白樹の移動ルートが著者によって注釈整理されている)。経済的労苦とは無縁のエリートである白樹は、安寧の日常を捨て目的のない旅を続けるが、ヒッピーではない。あくまでカミュ的「異邦人」としてのメンタリティが丁寧に描かれる。そんな彼が心惹かれた「ソフィー」を救うために、決死の賭博を行う場面などではメタSFであることを忘れてしまうほど説得的な賭博理論・ストーリーテリングで読む者を離さない。 サグラダファミリア・聖シュテファン寺院に象徴されるヨーロッパ各所の現世の古層、作品自体がサドの暗黒小説を下敷きにしながら、ちりばめられている白昼夢の如き「白」のイメージ。著者のマニエリスム的嗜好が遺憾なく発揮されている異次元小説だ。 物語は第4巻「聖シュテファン寺院の鐘の音は」へと続く。続編の構想もあるようだ。 「神聖代」も目下英訳中のようで、ミネソタ大学から刊行予定とのこと。 ARAMAKIプロジェクトはまだ始まったばかり。今後の動向から目が離せない。 |
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