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評者◆井出彰
六匹目の羊と出逢う
No.3188 ・ 2015年01月01日




■六度目の年男となる。大した感慨もないが、何かけじめでもつけたいのか、気になることがあって出かけることにした。箱根塔の沢から歩いて二十分、阿弥陀寺に寄って抹茶をふるまわれ、大黒さんの琵琶の一さわりを聴いて再出発。三百米ほど急峻な道を登った処に目的地の岩屋があった。阿弥陀寺の開祖・弾誓上人が籠って修行した岩窟である。今にも崩れ落ちてきそうな大岩また大岩。台風や大雨によって根こそぎ倒されたままの巨木また巨木。足を滑らせ這うようにしてよ
うやく辿り着いた。背丈ほどの高さで奥行きは十米ほどか、懐中電燈で照らすと板碑や地蔵仏、観音仏が処狭しと並んでいる。天井から水が滴り落ちていて底に溜まっている。蝙蝠や百足が這い出てきそうだがいなかった。しかし、修行とはいえ二年も三年も人間の命が耐えられたのかと訝る。
 これで目的は達したのだけれど、更に一時間、岩と長年の風雨に晒されて白骨のようになった大木の根だらけの道を登って頂上、塔の峯に着く。昔、小田原北条氏の出城があったと聞くが今は跡形もない。昼食をとって、せっかくだから明星岳、明
神岳、金時山に連なる尾根道を登る。箱根ハイキングコースで最も難路だというが、予想を越えた。常緑樹と篠竹に挟まれた細路は一つの晴れやかな眺望も許されない。ただ黙々と息を切らして登り続けるだけ。それでも明星岳の頂上には少しは切り拓けた草原があって、野薊や野薔薇、竜胆、釣鐘草など小紫色の花々が咲いていてわずかな慰みを与えてくれる。江戸時代初期、最も激しい信仰を択び即身成仏した弾誓上人を慕って集った山伏や修行僧たちが、何を思ってこの道を駆け上り駆け下っていたのか。
 木の根や道にせり出してきている竹に縋りながら宮城野の里に辿り着いた。秋の日は釣瓶落とし、闇が迫っていた。ふと目を上げると樹の幹に小さな看板が括りつけられている。行方不明、見かけたら知らせて下さい、とある。本当に迷ったのか、あるいは家族にも告げない道行だったのか。簡単な容姿が説明され写真も貼りつけられている。年齢七十一歳。私と同じだ。薄い闇の中で私の顔に似ているようにも思えた。
井出 彰・本紙編集







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