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評者◆北村知之(スタンダードブックストアあべの)
本を読むという行ないの孤独と幸福が、圧倒的な実感をもって描かれる
黄色い本――ジャック・チボーという名の友人
高野文子
No.3187 ・ 2014年12月20日




■前回の記事を掲載した号が発売された数日後、元創元社の編集者で現在はフリーランスで仕事をされている高橋輝次さんから、感想のハガキが届いた。高橋さんは現在でも携帯電話やおそらくパソコンにも頼らず、通信手段はもっぱら手紙かFAX、資料収集は図書館か古書店めぐりというオールドスタイルを貫かれている。もう70歳くらいのはずだが、どこに売ってんねんという図書新聞にもリアルタイムでちゃんと目を通されているあたり、さすがまだまだ現役だなと感心させられた。それにしても図書新聞のホームページをひらいてみると、「図書新聞は書店で購入できます」というのがバーンとでてきて、ちょっと笑ってしまった。そこからか、と思った。ちなみに書店では購入できないが、金沢の龜鳴屋がつくった高橋さんの『ぼくの創元社覚え書』はオススメだ。
 このリレー連載は「書店員、オススメの一冊」だが、書店員にとって「オススメ」を聞かれることほど、やっかいな質問はないのではないだろうか。たとえば散髪に行って、その店の美容師だか理容師だかそのアシスタントだかに、「なんのお仕事をされているんですか」「へー、本屋さんで」「じゃあ、すごい本に詳しいんですね」「なにかオススメってありますか」というながれで困らされた経験が、多くの同業者にはあると思う。これまで、パリが好きだというからヘミングウェイ『移動祝祭日』をすすめたり、アウトドアが趣味だというから新田次郎『強力伝』をすすめたり、猫を飼っているというからハインライン『夏への扉』をすすめたりしてきたが、だいたい「へー、じゃあこんど読んでみます」と言われる。まあ、読まないだろう。その返事のかんじでは。本気で考えても損なだけだとわかっていても、やっぱり無力感にさいなまれてしまう。はたして、こういった場合に相手がばっちり満足するような答えが存在するのだろうか。書店員共通の問題としてもっと語られるべきではないだろうか。そうでもないか。
 本そのもののおもしろさよりも、本を読むという行為のたのしさを伝えたい。本のタイトルなんて、それほど重要なことではないとさえ思う。
 読書家のバイブルといってもいい、高野文子『黄色い本――ジャック・チボーという名の友人』の表題作は、主人公の女子学生がロジェ・マルタン・デュ・ガール『チボー家の人々』を読み、そして読み終わるという物語。白水社版の5巻本を学校の図書室から一冊ずつ借り出し、枕もとのライトの下や通学のバスに揺られながら、ゆっくりと読みすすめていく。そのうち学校での友人とのやりとりや、家の仕事の手伝いといった日常の生活にも、だんだんと物語が侵食してくる。卒業や就職といった現実の問題よりも、登場人物たちの運命のほうが重く心にせまるほどに没入する。「いつもいっしょでした」「読んでないときでさえ」というほどのジャック・チボーへの友人のように親密な感情。ほぼ一年をついやした大長編が、ついに終わってしまうことの喪失感。本を読むという行ないの孤独と幸福が、圧倒的な実感をもって描かれる。『黄色い本』を読み返すたび、広津和郎の「散文芸術は人生の隣」という言葉を思い出す。意味があっているのかわからないが。
 このような読書の経験をしたひとは、それからの人生を通じて暮らしの小さな隙間を、きっと本を読むことで埋めていくだろう。高野文子のもう一つの代表作ともいえる『るきさん』のように。







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