書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります

【重要なお知らせ】お問い合わせフォーム故障中につき、直接メール(koudoku@toshoshimbun.com)かお電話にてバックナンバー・定期購読の御注文をお願い致します。

評者◆池田雄一
男だらけのトンチ系
No.3187 ・ 2014年12月20日




■―先日、野間文芸新人賞の選考会が行われ、松波太郎『LIFE』が受賞作に決まりました。この連載でもあつかった作品です。他の候補作が、羽田圭介『メタモルフォシス』、淺川継太『ある日の結婚』、戌井昭人『どろにやいと』、木村友祐『聖地Cs』、滝口悠生『寝相』といったラインナップになっていました。
▼何というか、こうして並べると、オルタナティヴを担うのが若手の男性作家に移ってきているように見えるよね。たとえば田中慎弥の『共喰い』みたいに、人物や作品世界を丁寧に描くという意味でリアリズムの世界観を前提にしている作品が、芥川賞のようなイベントでは今でも重力の中心にいる。ちなみに『共喰い』を読むと何故か鰻を食べたくなるよね。オルタナ系の作家は、そのような作品が前提としている世界というものが、すでに機能しなくなっている状況をふまえている。それにしても、何でこんなに男ばかりなんだ。九〇年代だったら、新しい観点を出していたのはおもに女だったはずなのに。笙野頼子、松浦理恵子、多和田葉子とか。
 ――九〇年代に限らず、少し前は女性の作家の活躍の方が目立っていましたよね。綿矢りさ、金原ひとみ、青山七恵、川上未映子、なんて流れがあったように思います。柴崎友香もそうですよね。ここにきて急速に男性の勢いが盛り返したんじゃないですか。今年になってガラッと変わったとも言えそうです。
▼おそらく、いまいった男の若手作家は「トンチ系」という言葉でくくれると思う。たとえば今年の群像新人賞の受賞作は『吾輩ハ猫ニナル』という作品だったけど、あれも完全にトンチでしょう。トンチという言葉で、円城塔から福永信、木下古栗から松波太郎までフォローできるのでは。問題なのは、この「トンチ系」を担うのが男だらけだということでしょう。
 ――「新潮」、「すばる」、「文藝」、「文學界」と新人賞が発表されました。受賞者は全員男性ですね。文藝賞は二作受賞で、李龍徳「死にたくなったら電話して」と金子薫「アルタッドに捧ぐ」が受賞しました。「死にたくなったら電話して」は三八〇枚弱ですから、新人賞としてはずいぶんと長い作品です。
▼形式的に何か新しいことをやっているわけではないし、むしろ読み物小説といっていい作風なんだけど、よく読むと、今日的な状況のアレゴリーとして読めるよね。間口は広いけど、深読みもできる。
 何というか、主人公の「徳山」という男から見た「初美」という女の人の造形が生々しいんだよね。べつに初美が狂っているわけじゃなくて、彼女は狂った世の中のスペクタクルに欲情している。その意味で初美はむしろ凡庸な近代人なんだと思う。ネットワークビジネスの欠点をしつこく追及したり、虐殺の歴史を丹念に調べたりしていて、これらの対象がフェティッシュ化されている。この人はベジタリアンで、ふだんは最小限のものしか食べないでしょう。
 ――徳山を破滅へと追いやる初美に対し、彼を救おうと、半ば使命のようにコミットしてくるヒューマニズムの塊のような「形岡」という女性が出てきます。初美は形岡にダメージを与えようと積極的に介入してくる。非常に対照的な存在です。
▼形岡も非常にわかりやすく近代的な人物だよね。市民であることの矛盾、欺瞞を引き受けている人物で、最後に形岡が徳山に送る長いメールでその欺瞞が全開になる。徳山がいい人生を送ることが彼女にとっての幸せだというフィクションが、完全に彼女のなかではでき上がっている。もはやフィクションと言ってもいい偽善によって内面が構築されている形岡と、そういったフィクションはまったく信じないで、自分のなかの享楽だけを信じる初美による、まさに異種格闘技戦だよね。
 初美って一応左翼っぽい人だけど、じつはけっこう差別的なパーソナリティを持っている。実際、最後の方になって、徳山が在日だから結婚はできないと言い出すでしょう。しかもその理由として親の反対を持ち出したりして。
 徳山という男はまったく特性のない男で、イケメンだと書かれるのはむしろ特徴を隠すための方便だよね。面白みに欠ける顔ってことなんだから。徳山の無印ぶりは逆に徳山という名前の有徴性を浮き上がらせる効果を持っている。この小説は確かに読みやすいんだけど、よく読むと、ものすごく落ち込むよね。
 ――すばる文学賞も足立陽「島と人類」と上村亮平「みずうみのほうへ」の二作受賞でした。「島と人類」は男性の書くオルタナ小説という、さっきの話に当てはまりそうな感じがします。全裸生活、尖閣諸島、獣姦、とあまりに下衆と言えば下衆な内容ですが。
▼これはオルタナというよりは、バカ小説に近いよね。この小説は「全裸」がキーワードだけど、その全裸に象徴されるようなキレのなさを感じる。この小説は、はじめからフィクションであることを投げてしまっている印象がある。ある意味、オルタナ系の飽和状態を予言するような作品だと思う。
 一方で新潮新人賞の高橋弘希「指の骨」はよかった。小説の舞台が戦場だからというのがあるとは思うけれど。
 戦争って小説と折り合いのよいテーマでしょう。レッシングが言うように、文学は人間の行動を表現するのに向いていて、絵画は空間を表象するのに向いているとすると、小説における描写とは一体何なんだという話になってしまう。ところが、戦争という出来事が入ると、暴力の介在によって描写と行為が融合する。敵の身体がバラバラになるのは、空間の表現でもあり時間の表現でもあるでしょう。英雄でも何でもない無名の人物が、何の必然性を感じることもなくただ駆り出されて戦場に移動する。そこでまったく覚えのないテクノロジーに出遭って、自分や仲間の身体がバラバラにされる。アイロニーの極地だよね。かつての戦争文学は当事者が書いたりもしているので、こういったことは見えづらかった。武田泰淳とか梅崎春生とか野間宏とか。
 こうした問題が見えやすくなったのは、村上龍の登場以降だと思う。村上龍の暴力描写はすごいよね。そして、村上龍的な享楽をきれいさっぱり洗い落すと「指の骨」になる気がする。戦争なんだけど、享楽的要素がまったくない戦争小説で不思議な感じもするし面白い。戦闘で死ぬのではなく、病気になってから流れ作業的に死んでいく。死にまつわるドラマ性がまったくなくて、なおかつ死との距離が非常に近い感じというのは、吉村萬壱の『ボラード病』に近いような気がする。
 ――文學界新人賞は受賞作が板垣真任「トレイス」の一作のみ、佳作が二作でした。
▼ふらふらしているダメ人間が介護に従事するというのは、モブ・ノリオの『介護入門』以降の王道となっているけど、この小説の場合、何ら克服すべき状況が見られないところが特徴的だよね。認知症の祖父は意思があるのかないのかわからないような状態で、主人公はまさにタイトルの通りそれをトレイスするだけになっている。克服すべき何かがないという意味では、ユートピア的とも言える状況が描かれている。
 ――新人賞受賞作ではないですが、上村渉「三月と五月の欠けた夢」(「すばる」)も認知症の祖父が出てくる小説です。
▼こっちの方は主人公と祖父との葛藤が前面に出ている。ひとつは子どもの頃から祖父に頭ごなしに抑圧されていた過去を振り返るかたちで葛藤が提出される。そこも巧いんだけど、それ以上に、今現在の呆けた祖父との葛藤もあることが重要だと思う。つまりこの主人公は、祖父との対話をあきらめていない。この青臭さは、「トレイス」とは対照的だよね。最後に祖父が死んでいるのかと思わせるところも手が込んでいる。それから、よく読んでみると前作「あさぎり」と作品世界を共有していることがわかる。
 ――そういえば高倉健が亡くなりました。あの人はいったい何だったのかと考えてしまいます。
▼高倉健というのは、「高倉健」というイデアの体現者だったんでしょう。高倉健と言えば「不器用」という紋切り型の言葉がついてまわるけど、実はあれがメタ・メッセージになっている。あれのせいで、人びとは高倉健の演技は演技じゃないと考えてしまう。技術とは無縁の存在だと思ってしまうんだ。
 たとえば代表的な出演作のひとつとして、山田洋次の『幸福の黄色いハンカチ』があげられるけど、あれは武田鉄矢と桃井かおりの二人が、高倉健というイデアを見上げ続ける映画だよね。人びとが見上げ続けるという意味で、あの映画はむしろ一九五四年の『ゴジラ』に近いんじゃないか。見ることそのものを扱ったという意味では、メタ映画でもあるんだけど、高倉健というイデアについての映画だという意味では「メタ高倉健」と言ってもいい映画だよね。あの映画の高倉健にとって、暴力と享楽に彩られた世界は、永遠に過去のものであって、いまの自分にできることはそれを回想することだけ。『トラック野郎』シリーズで、菅原文太が、暴力と享楽で彩られた世界のパロディを演じきったのとは対照的だよね。
――つづく







リンクサイト
サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 マチズモを削り取れ
(武田砂鉄)
2位 喫茶店で松本隆さんから聞いたこと
(山下賢二)
3位 古くて素敵なクラシック・レコードたち
(村上春樹)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 老いる意味
(森村誠一)
2位 老いの福袋
(樋口恵子)
3位 もうだまされない
新型コロナの大誤解
(西村秀一)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約