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評者◆久禮亮太(あゆみBOOKS小石川店)
関西訛りの語りの素直さが素晴らしい
ルンタ
山下澄人
No.3186 ・ 2014年12月13日
■素朴な言葉で訥々と語られる「しょーむない」日常から、生死を超えた荘厳な宇宙の真っ直中に放り出され、束の間、浮遊する。またいつの間にか日常に帰る。気取らない関西訛りのグルーヴに身を任せて読み進めていると、いきなり床が抜けてとてつもない自由空間に投げ込まれる。その不条理への恐れと気持ちよさは、とても肉感的なもので、ロジックを超えた小説ならではの表現に溢れた作品です。
「わたし」は同棲していた彼女に去られ、人間らしい暮らしのすべてがいやになり、何もかも捨て去って、どこか裸で暮らせるところへ行こうと思い、歩きはじめます。家を出て、ひたすら山を目指して歩きます。山への旅と言っても、家から山への距離なんて、実際には隣町程度にしか離れていないのですが。話の筋と言えるほどのものはこれだけです。途中、たくさんの人々とすれ違い、すっとぼけた会話を繰り広げたり、出会いが引き金になって記憶が流れ出したり。いま目の前を描写しているはずが、スルッと思い出の中に入り込みます。その記憶は「わたし」のものなのか、ほかの誰かのものなのか? いつの間にか語り手がすり替わり、読んでいる私たちは気持ちよく翻弄されます。 作中の人々は、そのほとんどが作品の半ばで死ぬか、はじめから死んでいます。でも、決して重苦しいうら寂しいムードではありません。死んでからのほうがむしろ生き生きと饒舌に語り始めます。 「わたし」は道中、黒い馬「ルンタ」と出遇い、旅を共にします。ルンタは「わたし」やほかの人々の事情など構わず振る舞いますし、作中そこかしこで語られる人間たちの卑近な日常とは全く無関係に、泰然としています。「わたし」がルンタの背中にしがみついて山へと運ばれていくように、私たちも読みながら、ルンタに導かれてこの世界の深層を感じられる場所へと向かっていく感があります。でもこの馬もまたとぼけた奴で、そのちょっとしたしぐさを写実する言葉の数々には、この小説のまた別な楽しさがあります。 「ルンタ」はチベット語で〈風の馬〉を意味するのだそうです。この作品の見せる生死を超えた宇宙観は、作中でそうとは言及されてはいませんが、チベット仏教のそれを連想させます。中沢新一の読者や、彼を通して『チベット死者の書』などに興味を持つ方々には、生死のあわいや自他の境界があいまいになるという意識の深層を言葉で表現しようとした作者のロマンに共鳴し、面白く読めるかもしれません。 また、作者が日常を切り取る視線は、坂口恭平のそれにとても近いものを感じます。彼自身が「レイヤー」と呼ぶ見かたです。坂口さんは、路上生活者や認知症の徘徊老人の視点を通じて、〈都市空間は誰のためのものか〉や〈正常な生のあり方〉を問い直します。都市は、生き方は、匿名の多数者のための単一のものではないとして、解体していきます。目の前のひとつの現実には、たくさんの人それぞれにとっての現実や現実を超えたものが層(レイヤー)をなして存在しているんだということを、素朴で力強い言葉で語る坂口さんの思想に共鳴するファンにも、この作品を読んでみてほしいと思います。 実際に作者がどんな思考を背景にしているとしても、この作品を難解で角ばったものではなく、直感的に味わえる滑らかなものにしているのは、その語り口です。ときには朴訥と、あるいは急転して饒舌に、というかベラベラ喋り倒す関西訛りの語りの素直さが素晴らしいのです。音読すればなお一層ハマる独特のグルーヴ感が、支離滅裂ともいえるこの作品をまとめ上げています。生者の視点から死者のそれへ、現在の描写からいつか見た夢のそれへ、ほかの誰かの記憶から「わたし」のそれへ。読み手に何の断りもなくいつのまにかすり替わっていきますが、グルーヴに乗っている限り大丈夫です。作品世界と一体になれます。 |
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