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評者◆前田和男
若きLGBT人権活動家辻尾かな子の巻⑱
No.3185 ・ 2014年12月06日




■最年少の府議会代表質問で成果

 レズビアンであると公的にカミングアウトしたことで、知名度が上がり講演会や取材依頼が増え、自分の思いがより多くの人に届けられるようになった。
 高校時代の友人の何人かが聞きつけて講演会にやってきて、終了後、涙をためて「あの時、尾辻の苦しみを知らなかった、ごめんな」といってくれた。また空手道部の友人とは卒業以来ほとんど会う機会はなかったが、「記事をみたよ、頑張れ」のメールをもらった。大学時代の友人たちは在学中にカミングアウトしていたので、相変わらず暖かく接してくれた。ただし本の中でサークルの先輩女性を好きになって告白したが振られたエピソードを、サークルの友人にもそれとわかるように書いてしまったため、当の先輩から「書くならそう言ってよね」と少したしなめられたが、彼女とはいまも数年に1回は食事をする良好な関係が続いている。
 いずれにせよ、持つべきものは友、カミングアウトしてもそれまで築いてきた人間関係は変わらないとの思いを尾辻はかみしめたのだった。
 いっぽう、議員活動にとっても出版はポジティブな後押しになった。支援者からは「同性愛者かどうかではなく、議員としてどんな仕事をするかが問題」と叱咤激励を受けたが、それに応える日がほどなくやってきた。出版から1か月たらずで開かれた9月議会で、代表質問の機会を与えられたのだ。30歳での代表質問は、都道府県議会では女性の最年少記録といわれた。
 約2時間にわたった質問の目玉は、大阪府住宅公社が管理する124団地、2万1000戸の住宅について。これまでは血縁関係のある家族しか入居できなかったが、性的マイノリティも含め多様な対応を要請したところ、建築都市部長から「来年度早期実施に向け条件整備に取り組みたい」との回答を得た。これにより、同性カップルだけでなく、高齢者ら単身者の共同生活も対象になるハウスシェアリング制度が導入され、大阪が都道府県初の画期的な事例となった。翌日以降の新聞各紙には、「友人と入居OK」「他人同士入居OK」の見出し入りで大きく取り上げられた。
 さらに同じ代表質問では、大阪府がアジアの中枢都市をめざすビジョンを策定していることにふれ、「現状では外国人への入居差別がありビジョンの趣旨を裏切ることになる」と訴えたところ、1年後に府から宅地建物取引業者や家主らに「入居申込書から国籍欄をなくし個人情報保護法を受けての目的外提供をしない」と記された文書が配付されることなった。
 これらの成果は、政治家・尾辻かな子にとって「性的マイノリティの政治家であることが、同じく社会的差別を受けている多くの人たちの希望にもつながる」と確信できた画期的出来事であり、ブログにこう記した。「私は、私たちが住んでいる街を、『住んで良かった』と心から思える街に、変えていきたい。このカミングアウトが、より多くの人とつながって、一緒に生きていくための第一歩になることを願っています」。
 その思いは、尾辻を性的マイノリティ以外の社会的な政策課題へと向かわせた。その成果の一つを挙げると、「子どものヘルメット着用促進」である。これは告白本を出版する5か月ほど前の本会議の一般質問で、東京都の啓発キャンペーン事例を紹介しながら「大阪でも幼児用ヘルメットの着用を」と求めたことに始まる。そこで土本部長から「着用を促すため広報、啓発に努めたい」との回答を引き出したが、その後も府に働きかけることで、実施と普及に結びつけた。
 発達障害の問題にも熱心に取り組んだ。国では、医療、保健、福祉、教育、大学、当事者団体、親の会など関係者からなる発達障害者支援体制整備検討委員会の設置を定めており、すでに大阪市では設置されていたが大阪府はまだだった。これを議会質問で取り上げ、「早急に設置を検討する」との言質を府当局から引き出した。
 他にも、府に働きかけ、女性の健康をテーマにした冊子を作成したり、女性と防災をテーマにシンポジウムを開催したりした。
 「大阪府外」へも打って出た。思い出深いのは「自殺問題」である。親を自殺で失った「自殺遺児問題」に取り組んでいる清水康之の存在を知ったのがきっかけだった。清水は前年の2004年、担当ディレクターとして「クローズアップ現代」で取り上げた自殺遺児問題の深刻さに直面しNHKを辞めて「ライフリンク(自殺対策支援センター)」を設立、大阪府の自殺対策のシンポジウムの企画で尾辻と親交を持った。尾辻は自殺対策を2005年3月と翌2006年3月の議会で質問する傍ら、清水には性的マイノリティに「希死念慮」(生きるのが嫌で死にたいという「自殺願望」よりも深刻な「死ななければならないという思い」)が高い問題を取り上げてもらうよう働きかけていた。それが実って、府に性的マイノリティに対する自殺対策の相談窓口が実現。同じ時期に、パートナーを自殺で亡くした経験を公にして自殺対策に取り組んでいた横須賀市議の藤野英明から「地域の自殺対策を推進する地方議員有志の会」の結成を呼びかけられ、副会長を引き受けた。そうした活動の中から、2006年6月、清水が中心になって「自殺対策基本法」が制定される。
 一方で、同期の新人府議の森山浩行(1971年生まれ43歳、前民主党衆議院議員)と超党派の「若手都道府県議の会」を立ち上げた(代表は森山、尾辻は会計責任者)。馳せ参じたのは、三重県議の山中光茂(1976年生まれ38歳、現松阪市長、最近集団的自衛権の違憲訴訟を起こした)をはじめ、福岡県議の鬼木誠(1972年生まれ42歳、現自民党衆議院議員)、高知県議の高野光二郎(1974年生まれ40歳、現自民党参議院議員)、東京都議の初鹿明博(1969年生まれ45歳、前民主党衆議院議員)など多士済々。当時、尾辻を含めてみな20代~40代前半で、政党・党派を超えて情報を交換、その人脈は今も生きている。
 振り返ると、カミングアウトしてからは、「よくぞここまでやった」と我ながら感心させられたほど活動的・挑戦的であった。
(本文敬称略)
(つづく)







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