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評者◆清都正明(東京堂書店神田神保町店)
大停電の夜に開く物語の扉
電氣ホテル
吉田篤弘
No.3184 ・ 2014年11月29日




■それは、この世の二階にある――。周期的に移動を繰り返し、それが顕現するたびに周囲の電力を大量消耗、「大停電世界」をもたらすとされる「電氣ホテル」をめぐって奇々怪々な事件・登場人物が脱兎の如く頁を駆け抜けていく。
 本書は「別冊文藝春秋」2007年5月号より連載された「電氣ホテル」第一幕の書籍化であるが、著者吉田篤弘氏・及び氏自身の創作ユニット「クラフト・エヴィング商會」ファンの記憶に新しいのは、今年1月末から3月末にかけて世田谷文学館にて開催された「クラフト・エヴィング商會のおかしな展覧会 星を賣る店」だろう。その展示ブースの一角に、本書「電氣ホテル」の見取り図が刊行に先駆けて展示されていたのだ。私もそれを目撃していた一人だが、そのディテールの細かさと修正なしで一気呵成に書き上げたという集中力に圧倒された。ちなみに展示空間そのものが持つ「奇妙なリアリティ」は只脱帽の一言。架空の商品を取り扱う「クラフト・エヴィング商會」であるから、書籍化されてなくても読者の想像力・妄想が自動的に発動し、「どこにもない本」として脳内に存在したことであろう。
 「俺たちはフィクションだ。だからこそ、俺たちは変幻自在なのだ。こうして現れるのも自由なら、消えるのもまた――」
 登場人物の言の如く本作では実に多彩なキャラクターが出ては消えを繰り返し、物語の進行は無声映画における活弁士の如くクールに語られる。が、世界観構築上不可欠と思われる、虚実入り交じる単語・記号が韻を踏みながらスラップスティックに展開されるので、はじめは読みづらさを感じるかもしれない。しかしその語り口こそが本作の仕掛けだろう。即ち「何かが起きる」(電氣ホテルが出現して大停電が起きる)前までの第一幕である「誰そ彼時(黄昏時)」に、読者をこの世の二階へと導くランゲージなのではないか?
 それでなくても、声がすべてリフレインする「エコータクシーの運転手」、世界の背中を見る駱駝の「シンガリ」など、目眩を起こしそうなキャラクター群はいつもながら奇想天外を超えて美しい。「電氣ホテル」はそれらの一千一秒ごとに煌めく幻想的なイメージの詰まった万華鏡だ。
 第二幕を楽しみにする読者は多いと思うが、本書の表紙カバーを取ると、第二幕の幕間劇が姿を現すのである。しかしそれが濃い赤地に黒文字で、読みにくくこれがまた良い(笑)。これは来る惨劇を予兆する血の赤だろうか? と妄想が膨らむ。
 魅惑的響きを持つ本作のタイトル「電氣ホテル」は、それ自体昭和初期に実在したホテルであるという(まだ私は信じきれていないのだが)。すべて電気仕掛けが売りという当時としては最先端の建造物は「魔都」に屹立し、人々の欲望を体現する魔天楼だった筈と想像せずにはいられない。
 虚構と現実を変幻自在に行き来してきた作者の新しい「物語への扉」がまた一つ開いた。







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