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評者◆前田和男
若きLGBT人権活動家・尾辻かな子の巻⑰
No.3183 ・ 2014年11月22日




■同性愛嫌悪の壁を母親と共に乗り越えて

 “案ずるより産むが易し”であった。当初、尾辻かな子は出版によるカミングアウトへの“ネガティブな反応”を怖れて地元商店街を歩けなくなった。同じ理由で朝の街頭宣伝も一時期控えた。また議員仲間からは「それ(同性愛者であること)を隠して選挙をやった」、有力支援者である労働組合関係者からは「俺にはわからへん」と暗に非難された。しかし全体としては批判的な反応はごくごくわずかで、例えばホームページ経由で届いた200通を超えるメールは、「生きててよかった」「将来は自分も性的マイノリティのために働きたい」といった尾辻の方がかえって励まされる内容がほとんどだった。後になってみると、告白本の出版は、むしろ“案ずること”よりもはるかに大きなものをいくつも“産み出して”くれた。
 出版直後の8月13日、2年ぶりに「東京レズビアン&ゲイパレード」が開催され、前回は撮影禁止ゾーンで顔を隠して参加した尾辻だったが、今回は代々木公園の開会式に登壇、「今日はみなさんとレズビアンとして歩きたい」と宣言、大きな拍手で迎えられた。その後、性同一性障害をカミングアウトした世田谷区議の上川あやと共にパレードの先頭に立ち、沿道で応援の人も含めると約3500人の性的マイノリティの仲間たちと若者の町・原宿の繁華街を晴れ晴れとした思いで練り歩いた。
 尾辻にとってさらに嬉しかったのは、参加はしなかったが母が“見学”に来てくれたことだ。孝子はその時の印象を後に「週刊女性」にインタビューされてこう答えている。
 「ほんま、初めてのことばかりで驚くことも多かったんやけど、自分を隠しながら生きてきた人たちがようやくここまで来れたんやなぁ、それはものすごい頑張りやったんやろうなぁ、って。そういう人たちのためにかな子が一緒に頑張るんやったら、応援しなくてどないなる! と、また居直りましたわ」
 以来母親は、娘からみても、目に見えて“進化”を遂げる。あれほど母の抵抗にあいながら兄の後押しもあって本を出版したおかげだったといえよう。告白本を出して4か月ほどたった年末、朝日新聞(大阪版)の「声」欄に、こんな母親の投稿が掲載された。
 「(略)異性を愛し、結婚して家庭を築くことが当然の人生と考えていた私。同性愛という言葉自体に偏見を持ち、遠い世界のことと思って生きてきた。(娘のカミングアウトの)本を読んで初めて知った娘の悩みや葛藤に涙しかなかった。10月、私は腕を骨折し、娘がパートナーと住む家で1週間世話になった。周りの様々な反応にとまどいながらも娘の生き方を応援し、彼女の目指す社会の実現をと願っている」
 これを読んで娘はブログにこう記した。「母から、投稿したものが掲載されそうだという報告をもらっていて、いったいどんなことを書いたのだろうか? とドキドキしていました。『娘の生き方を応援したい』と書いてある投稿を読んで、『お母さん、ありがとう』といいたくなりました。同性愛嫌悪の壁を一緒に乗り越えてくれたんだなぁと実感しました」。
 それから約1年後の2007年1月、朝日新聞(大阪版)の「ひととき欄」に再び母・孝子の投稿が掲載された。そこには彼女の心象風景と“進化”ぶりがよく表現されている。
 「(前略)娘はレズビアン。異性に関心が持てず、同性に性的指向を感ずるように生まれついた。そのことを告白された6年前、私の人生はひっくり返り、生きていけるのか、外を出てあるけるのかと一人で悶々としていた。時を経て、娘の相手を私にとっても大事と認められるように、少しずつ変わることができた。そして今年のお正月。長男夫婦も交えて、和やかに弾む会話。私が若い4人に口を挟む余地もないほどだった。5月に、私は念願のババさまになる。自分の命が引き継がれる証しとして、初孫の誕生を心待ちにしている。立場の違う娘たちも、同じ気持ちのようだ。長男の伴侶のおなかを触って、『元気に生まれてくるのよ』『私をおネエさんと呼んでネ』とかしましいこと。突然カミングアウトを受けた時のことがうそのような明るい正月を迎えた喜び。これからも、こんな家族が日本でも増えていくことを夢見ながら、おとそを飲み干し、おせちをつついた」
 母・孝子は、この二つの投稿の間の2006年4月に、性的マイノリティ当事者を抱える家族や友人らと共に「LGBTの家族と友人をつなぐ会」を立ち上げる。それは彼女の“進化”の証しでもあった。同会の趣旨は、「あらゆる人々が性の多様性を認め合える社会を作るために、差別や偏見に悩み苦しんでいるLGBT当事者と周りの家族や友人たちをサポートし」「その活動を通じて、性的マイノリティに対する正確な知識や情報を当事者やその家族、友人たちに伝えていくことはもちろん、一般社会の人たちにも広めていきながら性的マイノリティの人々の人権確立と、ひいてはすべての人の個性や人権が尊重される社会の実現をめざす」というものだ。(詳細は以下を参照 http://lgbt‐family.or.jp/)
 具体的には、「ミーティングや電話とメールによる相談や情報提供によるサポート」と「講演会や講師派遣などの啓発活動」に加え、東京や関西の「LGBTパレード」への参加、石原慎太郎都知事の差別発言への抗議活動(2010年)や2011年の東日本大震災では「被災地支援における性的多様性に配慮した対応を求める要望書の提出」などを展開してきた。特記すべきは、2010年度から神戸市パートナーシップ助成事業の一環として啓発パンフレット「けっこう大事な話~セクシュアリティっていろいろあるの知ってた?」を作成。神戸市立の中高校の全生徒に7万枚が配付され、さらにそれが機縁となって同市北区の中学校でPTA主催による尾辻かな子の講演会が開催された。全国的にも先駆的な取り組みであった。
 母・孝子が同じ悩みを抱える仲間と共に立ち上げた「LGBTの家族と友人をつなぐ会」は、来年で設立10年を迎える。かつて娘とは“違和関係”にあった母親は、いまや娘のLGBT人権活動にはなくてはならないパートナーとなっている。
(本文敬称略)
(つづく)







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