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評者◆倉石一郎
アメリカ――さまざまな〈愛〉のかたち
No.3182 ・ 2014年11月15日




■滞在の終盤、ふたたびニューヨークに出かけた。連載第5回「アカウンタビリティのハーレム」でご登場いただいた堂本かおるさんに再びお願いし、イーストハーレムとサウスブロンクスで行われている学童保育(アフタースクールプログラム)の現場を訪ねた。また、コロンビア大学ティーチャーズカレッジ博士課程に在学するかたわら、アメリカ教育改革の最先端を伝える興味深いレポートを発信し続ける鈴木大裕さんの紹介で、一度高校をドロップアウトした若者に、高卒資格取得のチャンスを提供する公立の教育機関であるトランスファー・ハイスクールを訪れた。いずれの現場でも同行者のおかげで、私のつたない英語でも何とか意思疎通をはかることができ、興味深いお話をうかがうことができた。
 トランスファー・スクールで印象的だったのは、それがれっきとした「教育」機関でありながら、学校という制度が通常ひきうける範囲をはるかに超えて、生徒の生活全般にわたって面倒を見ることを実践していたことである。たとえば朝食を学校で出し、放課後もアフタースクールプログラムを六時まで無償で提供し、週一五時間の就労体験メニューまで揃えている、といった具合だ。名前は学校でも、機能の面では限りなく「保育」の場に近づいているように感じた。ハーレムにあるトランスファー・スクールの校長に在籍生徒数を尋ねたとき、「生徒が二三〇人、それと赤ちゃんが三六人」という答えが返ってきた。怪訝に思って問い返すと、「生徒の赤ちゃんが三六人」とのこと。校舎の中にはちゃんと保育室もあった(※写真)。この学校が受け入れているのは一六歳から二一歳の範囲の若者だから、すでに子どもがいても不思議ではない。一部の大学院を除き「子持ちの生徒(学生)」の存在を想定せず、むしろ保護の対象としてどこまでも生徒(学生)を「子ども扱い」する、日本の教育機関の常識からはかけ離れた姿であった。
 さらに話を聞いていてなるほどと唸らされたのは、「この学校では生徒のみならず、その親に対するサポートも不可欠」という点だ。その一つとして、親を対象とする「成人高卒資格取得プログラム」を実施しているという。生徒自身が一度高校をドロップアウトしているだけでなく、その親もドロップアウト経験者という場合が多い。その結果あまりよい仕事に就くことができず、家庭の経済状態も芳しくない。そこで、親にも高卒資格を取らせようという発想が出てくるわけだ。つまりこの学校は、親―本人―その子ども(赤ん坊)と親子三世代にわたるケアを掲げている。そこまでしなければ、親から子、子から孫へと続く貧困の連鎖を断ち切ることは難しいということだろう。
 世界トップクラスの超大金持ちが暮らすエリアと道一本隔てたところで、このような困難との格闘が繰り広げられているのがニューヨークという街である。そこでは貧困にむしばまれた多くの家族が、機能不全に陥っている。トランスファー・スクールの生徒のほぼ全員が黒人やラティーノであることは、こうしたしわ寄せが特にマイノリティ層に集中している現実を反映している。その意味で、私が垣間見たのは家族の解体、崩壊が進行する最先端の現実だったと言えるかもしれない。だが、たとえ旧来の家族制度が機能しなくなりつつあるとしても、愛の営みがとだえ、ケアの必要性が消失してしまったわけではない。そこには新しい〈愛〉のかたちを模索し、実践する人びとの姿がある。学童保育やトランスファー・スクールもまた一つの〈愛〉のかたちかもしれないし、他にもアメリカ滞在中、血のつながりのない者どうしの愛とケアを核に成立した人びとの共同性に触れる機会があった。この連載におりおり書いたように、私自身も心細い海外生活の中で、多くの方々から無償のサポートやケアを受けた。縁もゆかりもないエイリアン(よそ者)を包んでくれた、さまざまな〈愛〉のかたちに感謝しつつ、この連載を閉じることにしたい。
(了)







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