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評者◆前田和男
若きLGBT人権活動家――尾辻かな子の巻⑮
No.3181 ・ 2014年11月08日




■カミングアウトを阻むハードル

 最年少府議に当選して話題を呼んだものの、尾辻かな子がめざす「政治家としてのカミングアウト」のためには、越えなければならないハードルが待ち受けていた。それは、今から振り返ると、数も多ければ、高さも尋常ではなかった。ひょっとしたら、尾辻はそれらをクリアできず途中で挫折してしまい、単なる「市民派の一女性地方議員」で終わっていたかもしれない。
 とにかくそのハードルをまずは跳んでみようという気に尾辻をさせたのは、前回紹介した同じ統一地方選挙に、性同一性障害の当事者であることをカミングアウトして東京の世田谷区議選に立候補した上川あや(当時36歳)だった。
 4年に1回全国で同時に実施される「統一地方選挙」では、前段の第1週か第2週に都道府県議選と政令市議選が、後段の第3か第4週に東京都の区議選とその他の市町村議選挙が行われる。先に辛くも当選した尾辻は勇んで“押しかけ応援”に出かけた。上川と会うのはこれが初めてだった。尾辻は会うなり、自分がレズビアンであることを明かしたが、公衆を前にした応援演説では自分が当事者であることは明かさなかった。上川は、定数52に72人が立候補する激戦のなか、5024票を獲得して見事6位の高位当選を果たした。尾辻は、上川の上位当選もさることながら、堂々と“出自”を明かして当選したことに憧憬を覚えると同時に勇気を与えられた。よし、自分も時機をみてカミングアウトしようと奮い立った。
 まずは手始めに9月議会の教育文化常任委員会で「教育現場における性的マイノリティの子供たちに対する政策対応」を質したところ、戸惑い気味の人権教育企画課長からこんな答弁が返ってきた。「府教育委員会といたしましては、デリケートな問題でもあり、各方面の御意見をいただきながら、子どもの人権を守るという観点から研究してまいりたいと考えております」。
 「研究する」とは、要するにこれまで何もしていないし、当面実行する気がないという“官僚答弁”だと知って、大いに失望させられたが、年末の12月議会で本会議質問ができることになったので、そこで勝負をかけようと決意をかためた。
 しかし、ここで第一のハードルが待ち構えていた。二名いた事務所スタッフが二人とも辞めることになったのだ。初当選の最年少府議がレズビアンだと議会で告白するとなればかなりのリアクションが予想されるが、事務所の対応力がゼロとなると諦めざるを得なかった。スタッフの一人は家族のある男性で、尾辻の歳費から捻出する「給料」では生活できず、国会議員から公設秘書の誘いがあって転職したのだが、もう一人の女性スタッフの退職理由のほうが尾辻にはショックだった。
 12月議会でカミングアウトすることを相談もなしに進めていたことを知った彼女から、こう言われたのだ。「私はまだ結婚してへん。(尾辻がカミングアウトして)自分の事務所の上司がレズビアンだと知れ渡ったら、私までレズビアンだと思われてしまう。私の住んでいる近所に噂を立てられ、親にも迷惑がかかる」。「これは自分だけの問題だ」と思い込んでいた身勝手さに気づかされて愕然とした。LGBTの人権問題への理解を周囲に訴えながら、最も身近な人には説明を怠っていたわが身を恥じると共にカミングアウトの難しさを一層思い知らされた。
 事務所崩壊にさらに追い打ちがかかった。選挙を支えてくれた彼女から、「議員という職業をもつあなたとはもう付き合えない」と同居していたアパートの鍵を返されたのだ。大政党に属していれば先輩に教えを乞うこともできるが、無所属で政治経験ゼロの最年少新人議員の尾辻は膨大な雑務を見様見真似でこなすのに追われて、彼女とデートする時間もなくなった。それどころか逆に彼女に仕事の不満をぶつける。そんな煮詰まった状況では彼女から縁を切られるのも無理はなかった。
 しかしそれでもへこまないところが尾辻の真骨頂だった。次善の策――カミングアウトはしないが、LGBTの人権問題の核心はしっかりとついて、時機を待つことにしたのだ。
 折しも地方議会でLGBTに対する差別言辞が相次いでいた。地元の堺では某市議が「ジェンダーフリーによって非婚と離婚が増える、出生率が低下し少子化が進む、少年犯罪が増える、DVを加速させる、性同一障害者と同性愛者を増やす」と議会で発言。徳島では自民党系県議が「(混合名簿で)男女の区別がなくなり、ホモやレズビアンを称賛するようになったら日本は潰れる」という驚くべき曲解によって県が策定中の男女共同参画策から「混合名簿導入の削除」を要求していた。
 尾辻はこれらの事例を挙げながら、LGBTと人権政策について太田房江知事(当時)を質して、以下の答弁を得た。
 「本府では、大阪府人権尊重の社会づくり条例、それから大阪府人権施策推進基本方針、これらに基づいて、すべての人の人権が尊重される豊かな社会の実現を目指して、全庁挙げての施策を推進しております。お示しの性的マイノリティの方々にかかわる問題についても、この取り組むべき主要課題として取り上げておるところです」
 「現状」を追認したに過ぎなかったが、「LGBTの問題は人権問題である」との言質が正式記録に残されたことで、性的マイノリティへの差別言辞を食い止めるための防波堤にはなったという意味で一歩前進だった。
 この一般質問には思わぬ「副産物」があった。その数日後、友人数人との飲み会があり、こう言われたのだ。「初めての立候補で初当選。苦労知らずのあなたに、人権や差別の問題なんて本当にわかるの?」。苦労知らずという“誤解”に対して思わず尾辻は「実は私はレズビアンなんです」と告白、それで相手をふくめその場にいた友人たちは納得してくれた。これで尾辻は「やっぱり公的なカミングアウトをしなければ、政治家として立っていけない」と確信を深めたのだった。
 その翌年また本会議で一般質問ができることになった。次こそはと尾辻は勇み立った。しかし今度は支援者たちから「待った」がかかった。会議を招集してはかったところ、「議会でプライベートなことを発言するのは違和感がある」「政策を議論する場に個人の問題を持ち込むのか」「本意はともかくマスコミにスキャンダル扱いされるだけだ」などの反対が多数をしめ、2時間近くもめて結局またまた先送りされることになった。それはそれで筋論であった。これでもう議会でのカミングアウトはできそうになかった。だったらどうすればいいのか。と、ある策が尾辻にひらめいた。(本文敬称略)
(つづく)







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