■ボール一つあればどんな場所でも誰でもできるサッカーというスポーツの魅力に、世界中で数多くの人が魅せられている。それを示すかのように、現在、国連加盟国数を上回る国と地域が国際サッカー連盟（ＦＩＦＡ）に加盟し、そのＦＩＦＡ主催の四年に一度行われるナショナルチームによる世界選手権・ワールドカップ（Ｗ杯）は、全世界でのテレビ視聴者数や経済効果でオリンピックを凌ぐ世界最大級のスポーツイベントにまで成長している。
　日本でのサッカーの始まりは、１８７３年に来日した英国海軍教官団のダグラス少佐らが東京築地の海軍兵学寮で日本の海軍軍人に訓練の余暇として教えたこととされ、いまや日本代表が五大会連続でＷ杯出場を果たすほどになったが、この歴史を語るのにふさわしいのはこの人しかいないと思っていた現役最年長ライターの初著書『９０歳の昔話ではない――古今東西サッカークロニクル』が刊行された。
　本書の著者・賀川浩氏は１９２４年生まれ、サッカー選手として神戸一中、神戸経大（現在の神戸大）、大阪クラブなどで全国大会優勝、天皇杯準優勝などを経験し、その後スポーツ記者、スポーツ紙の編集局長を経て現在フリーランスの記者として活躍。２０１０年に日本サッカー殿堂に委員会推薦として特別選考で選ばれ、８９歳となった今年、ブラジルで行われたＷ杯を現地にて取材。大会期間中にＦＩＦＡのホームページでも現役最年長ライターとして紹介された。１９７４年西ドイツ大会から続く取材は氏にとってブラジル大会で１０回目、日本代表が本大会に出場する以前から実に４０年にわたってこの世界最大級の祭典を記者として追いかけ続け、その魅力を語り続けている、日本では唯一の存在と言っていいだろう。
　本書の第一章「フットボールクロニクル」では日本代表が初めてＷ杯に挑戦するより前、１９３０年に東京で開催された第８回極東大会（アジア大会の前身）で初めて国際大会でのタイトルを獲得した戦前の貴重な記録から、２０１１年なでしこジャパンこと女子日本代表がＷ杯で初めて世界の頂点に立つまでの日本サッカーの歩みが綴られている。
　第二章で語られる世界のサッカー界を彩ったスターたちとの出会い「フットボーラークロニクル」。「ペレは円熟期に、ベッケンバウアーとクライフは絶頂期、マラドーナや釜本邦茂は少年期から最盛期を経て引退するまでを見た。岡田武史監督の特徴ある眼鏡は中学生の時に知った。ブラジル留学中の若きカズ（三浦知良）に会ったのは８７年南米選手権のとき。長谷川健太らは、清水の小学生からだ」……当時中学生だった岡田武史少年との出会いのエピソードは、もしこれがなかったら日本サッカーは今のようになっていなかったかもしれないとさえ思わせてくれる。このように、サッカー界の伝説と呼ばれる世界のプレーヤーたちがピッチ上で躍動する姿をその目で見て記事にして魅力を伝えながら、日本サッカーをけん引する人々を後ろから支えてもいたというのは新しい発見であった。
　そして、１９７４年西ドイツ大会から２０１４年ブラジル大会までの取材の旅を綴った第三章「ワールドクロニクル」。そこには、自らのプレー経験があるからこそ語れる世界のトップレベルの技術を解説する記述はもちろんだが、サッカーに対する愛情、とりわけ日本サッカーへの思いが全面に溢れている。そして、その旅の中で、サッカーを知ることにつながっているのは世界の国や文化を知ることであり、歴史を知ることであると教えてくれる。賀川氏曰く、ブラジル大会で若さが目立った日本サッカー。選手だけでなく、それを支える我々も、もう少し大人になるために本書でその歴史を振り返っていくことから始めたい。