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評者◆小嵐九八郎
戦後の大いなる山脈
大江健三郎自選短篇
大江健三郎
No.3180 ・ 2014年11月01日
■前回、大江健三郎氏の『大江健三郎自選短篇』の中身についてほとんど触れる原稿のゆとりがなく、今の今、若者と、こんな表現はないだろうけれど“新中年”用に、純文学などワカランチャンの俺から案内したく“続”を記す――というのは、70年生きてきて、実の感覚として日本史が分岐にきていると切実に思わざるを得ないし、現代の“虚妄の愛国主義と戦禍への無知から滅びへ”を避けるには、戦争を経た人人、60年安保の経験、70年全共闘の一定の輝きと無残、ソ連・東欧の自滅、バブル経済の仮の繁栄と底、イスラームの復権と台頭を少しは知って反省しないとどうにもならないゆえにだ。
この大江氏の840頁に及ぶ短篇集は、初期、中期、後期に分けられていて、敗戦から暫くの地方、60年安保を挟む時代、崩壊するとは信じがたかったソ連健在の時代、オウム真理教を含めた新新宗教の時代と、息遣い、その時代時代のイデオロギーと思想と個人の感性と、一人の作家としては戦後史を体験し、俯瞰している稀有な大いなる山脈そのものである。 初期についていえば、1950年代の中心からずれている素朴なのに、新鮮さと凄みに世界的な普遍性を持つ『奇妙な仕事』、『死者の奢り』、『飼育』が入っていて、知ったか振りをして純文志向の若者に諭せば、今なお芥川賞に通じる戦後文学の最もの教材となる。素材自身を見出す眼識力と、その思想的な意味あいの引き出しは唸るしかない。『空の怪物アグイー』は、長篇『個人的な体験』の逆、障害児の“抹殺”の場合を描いていて、今度は呻く。 中期の連作『「雨の木」を聴く女たち』は大江氏の小説の中でも最も難解な一連だが、建築家や詩人の枠を越える精神障害者、そもそも暗喩とは何か、広島を含む核のテーマと叩き込み、私小説とフィクションの境と交叉を読み手に、逃げ場なく突きつけ、若者よ、新中年の皆さん、擬似3Pだって出てくる。 後期の――許されたし、枚数が尽きました。 |
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