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評者◆池田雄一
「やれやれ」から「うんざり」へ!
No.3179 ・ 2014年10月18日




■―すこし前に、大学の世界ランキングが発表されました。日本の大学は東大が二十三位で、二百位以内に入っている大学が五校だそうです。
▼あれって、イギリスの教育雑誌がやっているらしいんだけど、何だかよくわからないよね。上位に入っているのは、オックスフォードやハーバードのような英語圏の大学で、フランスの大学はあまり入っていないし。
 そう言えば、これもすこし前に、岡山茂『ハムレットの大学』(新評論)が出版されたけど、中世ヨーロッパの歴史的コンテクストも踏まえつつ、デリダやブルデューなどの現代思想を参照しつつ、現状の大学に対しても批判をくわえていく、読みごたえのある本だった。大学論って、もっとスカスカのイメージがあったんだけど。
 何度か言ってきた話だけど、もともと幻想に過ぎなかった国民国家における「国民」と「国家」の関係がいよいよ破綻してきて、利害があからさまにバッティングする状況が可視化されるようになった。原発災害が象徴しているけど。もはや両者は交戦状態になったとも言えて、特定秘密保護法なんかはその一部でしょう。
 そして大学というのは、ネーションとステートの間に入った亀裂の中心に属している。そうなると大学教員は、いきなり戦場のフロントラインに放りだされるよね。国民国家の後を考えるにあたって、オルタナティブなステートのモデルとして大学を考える場合、この本は参考になると思う。
 ――特に国公立大学では人文科学系の学部は隅に追いやられてしまって、先端技術と医療に力を入れろなんて締め付けも見られるようになってきました。国家の「利益」にならないことは学ぶ意味がないと言わんばかりです。
▼『ハムレットの大学』では、デリダによる「人文科学を消すことは人類の抹殺を意味する」というような発言が紹介されているけれど、感覚的にはわかる話だよね。
 ――文学部が大学から消えつつあるという現状もありますね。文芸誌の話にいきましょう。「新潮」には田中慎弥の300枚の長編「宰相A」が載っていました。これはどうなんでしょう?
▼面白いか面白くないかで言うと、よくわからない小説だよね。田中慎弥の場合、たとえば芥川賞をとった『共喰い』みたいな作品だと、話者が持っている貫通力のある視点と作品の舞台が噛み合っていて、あの野蛮な描写が成立していた。今回の作品だと、作品の舞台の方が液状化してしまっていて、結果として話者は抽象的な自問自答を延々と続けることになる。ラストの展開も、出来事そのものは突飛なんだけど、何だかメリハリがないということになってしまっている。『共喰い』とは対照的に、描写の少ない作品になっているよね。
 たとえば村上龍も村上春樹もロマンス的なというか冒険的な設定を作品にとり入れているじゃない。今回の「宰相A」は、物語の展開としては村上龍の『五分後の世界』に近い。ともにパラレルワールドの日本を描いたものだけど、『五分後の世界』は、描写そのものが細密かつ野蛮で面白い。それは舞台設定がものすごくはっきり構築されているからだと思う。
 それと、村上龍や村上春樹の作品においては、いきなり状況に受動的に放り込まれてしまうけれど、どこか格好つけてしまうようなタイプの主人公が多い。言い方をかえると、なかば受動的だけど受動的でないような主人公。それぞれまったくちがったキャラクターなんだけど、その点だけは共通している。
 この、受け身でありつつ主体化しているという二重性って、市民社会における市民が持っている二重性と似ているんだよね。市民社会とか戦後民主主義の欺瞞なんていうのは、この二重性を言い換えたものなんだと思う。
 その一方で「宰相A」の主人公は、そのような二重性に対するプロテストを敢行している。職業が作家というのはアレなんだけど、言うなれば市民社会から完全にドロップアウトしているんだよね。突飛な状況に張り切るわけでもなく、ひたすら「うんざり」するだけ。これじゃ話が動くわけないんだけど。
 市民社会の欺瞞に対するサボタージュという身振りは、じつはいろいろな作家が試みている。今回「すばる」に「男子の戦争」が載っている広小路尚祈もそうだし、手法は違うけど木下古栗とか、羽田圭介とかもそうだよね。「やれやれ」と言いながらコミットする主体から、ガチのサボタージュへという流れは確実にあるんだけど、「宰相A」は悪い意味でそれにはまってしまったと言える。
 広小路の場合は、市民的主体の二重性そのものを可視化するようなタイプの人物を描くよね。一言で言えば卑怯なやつ。人間を決して英雄として描かないという意味では好感が持てるんだけど、今回の「男子の戦争」は、作品そのものがグダグダになっているような気がしてならない。いくらなんでもヒロインに「キャロライナ陽子」はないと思う。
 ――「文學界」の小山内恵美子「彼岸のひと」なんてどうでしょう。
▼この人が以前に書いた「おっぱい貝」という作品は、とにかく食べ物の描写がフェティッシュで、食欲をそそられる作品だった。この「彼岸のひと」も食べ物が主題になっているんだけど、やっぱり上手い。
 今回は設定に工夫があって、死んだ人間が現れるとか、主人公がかなりのストーカー行為をしていたという過去を抱えていたりするんだけど、まったく押しつけがましくない。この、食材のフェティッシュ化と、ストーカー行為と、死者の召喚ってどこか繋がっている気がする。ストーカーってどこか守護霊みたいだけど、この主人公はなんだか死者の守護霊みたいじゃない? その意味でも、フェティシズムの本質に触れている感じがするよね。
 フェティッシュと言えば、「早稲田文学」の松田青子「物語」もそれがキーワードになる。自身のフェティッシュ化から逃走する人物たちの群像劇といった趣だけど、その設定そのものが作品のフェティッシュ化に一役買っているような印象の作品だった。
――つづく







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